風と今を抱きしめて……

 真矢と大輔は、静まり返った病院の廊下を並んで談話室へと向かった。

 大輔がコーヒーを買って真矢に手渡した。

 大輔の顔を見て真矢は、今更ながらこの男が支店長だという事に気が付き慌てた。


「支店長、すみませんお仕事中じゃ……」

 真矢は申し訳なさそうに言った。


「もうこんな時間だよ…… 勘弁してくれ」

 大輔は、真矢が今頃自分に気付いた事にがっくりと肩を落とした。


「たまたま通りかかっただけだから。気にしなくていいよ」

 大輔は買ってきたサンドイッチを差し出した。


 真矢は美味しそうにサンドイッチを頬張ると、一息つき、ゆっくりと話だした。


「あの子、陸(りく)って言うんです。もうすぐ五歳になります。あの子が生まれる前に離婚しちゃって…… 黙っていてすみません。」


「べつに言う必要もなかっただろう?」


「保育園のお迎えの都合で、残業も遅番も来なくて職場の皆には迷惑かけているんです。でも、皆何も言わず協力してくれて、本当に助かっています」

 真矢は少しほほ笑んで言った。


「それで、この間の飲み会は来なかったのか?」

 大輔は思い出したように言った。


「ええ、たまには連れて行くんですけどね。皆に気を遣わせてもいけないし……」


「と言うことはユウも陸の事は知っているんだよな?」

 大輔は眉間に皺を寄せて言った。


「もちろん、本当によく陸の面倒見てくれているんです。お客様の対応でどうしても間に合わない時とか、ユウが保育園のお迎え代わりに行ってくれて、まるで家族みたいに手助けしてくれて……」

 真矢は嬉しそうに話した。


「そう言う事か? それでユウのやつ……」


 大輔は、何かに気付いたようにフッと笑った。