ロッカールームの鏡を見て、気合を入れる。

大丈夫。

昨日はちょっと…やさしくて泣きそうになったけど、永瀬さんは意地悪で性悪の上司。

ここではそう思っていればいい。


「鈴原。これ数値化。
間違えんなよ。数学とか苦手そうだし」

「むしろ数学得意ですけど!」

「どうだか」

ふっとバカにしたような笑みを見せて去って行く永瀬さんを見て安心した。

多分今、私普通にできてた。

普通のことが普通にできただけなのに、鼻歌が出てきそうなくらい嬉しい自分がいる。

なんでかな。

やっぱりいつもの掛け合いができないのは、私自身寂しかったのかもしれない。


プルルル プルルル プルルル

「はいシステム開発課、保坂です」

電話に反応するのは早いほうだと自負しているのに、先に電話に出たのは保坂さんだった。

「はい、はい。…ああ、大変失礼いたしました。
申し訳ありません。
はい。取りに伺いますので。
…はい。失礼いたします」

なぜかどんどん声が沈んでいく保坂さん。

電話を切ったあと、保坂さんは永瀬さんの元へ行き、会話を交わしている。

永瀬さんは頭を抱えてため息をつき、それから立ち上がって私の元へ来た。


…私、何かミスでもしただろうか。

「悪いんだけど、クライアントのところに書類を取りに行ってきてほしい。
保坂が大事な書類を挟んだままクライアントに送ったらしくて。
俺たちこれから大事なミーティングで…」

ああ。よかった。私のミスではないらしい。

「はい。行ってきます」

「頼むぞアシスタント」

「もちろんタクシーOKですよね?」

「いや、電車。ちょっと運動しろ」

「……」