6月初旬。
梅雨に入ってから、連日雨ばかり降っている。
昼休みを過ごす場所を、屋上から家庭科室に移した。
窓辺に座って、瑠璃ちゃんと購買で買ったパンを食べている。

あの日、屋上へ続く階段の上で、柏木に全部元通りにしたいと告げた日から、柏木とは1度も口を利くことはなかった。
教室でも、廊下でも、柏木の視線が私に向けられることもない。
私が倉庫を訪ねることもなくなったから、これで本当に、もう私と柏木に接点はなくなった。

望み通り、柏木と関わる前の日常を取り戻した。
これで元の私に戻るはず、なのに、私の心は曇ったままで、晴れることはなかった。

窓の向こうの雨降りの景色をぼーっと眺めていた私に、瑠璃ちゃんが声をかけた。

「…最近、元気ないね」
「…そうかなぁ。いつも通り、だと思うんだけど…」

誤魔化そうとして、笑ってみるけれど、自分でもわかるほど、力無い、下手な笑みにしかならなかった。

瑠璃ちゃんは、私と柏木に何かあったことに気が付いている。
それが理由で、私に元気がないことにも。
気付いている上で、私が話したがらないから、直接訊いてこない。気を遣ってくれているんだ。

瑠璃ちゃんは私の顔を見つめて、静かに話し始めた。

「ねぇ、歩。これはあくまで私個人の考えなんだけどさ…何も変わらないってことは、何も起きないわけだから一見平和かもしれない、けど、それって何も手に入らない、何も残らないってことなんじゃないかな。
高校の3年間って、長いようで短いよ。クラス替えして、3年になったら受験に追われて、あっという間に卒業だよ?
…このまま、起きたこと全部なかったことにして、それで後悔しない?歩は、本当に、それでいいの?」

柏木のことを言っているんだって悟った。
やっぱり、瑠璃ちゃんは全部お見通しなんだ。

答えられずに、視線を足元に落とす私に、瑠璃ちゃんは言った。

「あたしはけっこう好きなんだけどな〜、ネコ科の肉食獣の研究してるあんた」