ー柏木がどんな人なのかなって興味があるだけで、好きなわけじゃないよ

以前、私が柏木に言った台詞。

今、柏木の目を見て同じことが言えるかというと…正直、自信がない。


第9倉庫の入り口へ続く階段の前で、コーヒーショップで買った差し入れの入った紙袋を手に、立ち往生していた。
いつもなら、階段を上がって、入り口から倉庫内を覗いて、柏木に向かって手を振るところだけど、今日は柏木に会うのが、気まずくて、恥ずかしくて、足が進まない。

おかしい…。
前はこんなんじゃなかったのに…。

その理由はもう、わかってはいるんだけど…。

どうしようか、途方にくれて、階段を見上げていた。

そこへ、柏木が入り口から顔を出した。

「かっ、柏木…!」

驚きに肩が跳ねて、声が上擦ってしまった。

「あんた、そこで何してる?来たなら、さっさと上がってくれば」
「あっ、うん!今、行こうと思ってたとこ…!」

なんで嘘ついちゃうんだろう…?

今まで普通に話せたのに、なんでこんなにぎくしゃくしちゃうんだろう…。

なんで柏木をまっすぐ見れなくなっちゃうんだろう…。

足元だけを見つめて、ロボットみたいな動きで一歩一歩階段を登る。

自分の体なのに、今日に限って思うように動いてくれない。

ガチガチに緊張してる。

落ち着け、私…!
いつも通り、いつも通り…!

階段を登り切るまであと一段。

そこでなぜか、足が縺れて、躓いた。

「わ…っ!」

転びそうになったところを、柏木が抱きとめてくれた。

ひえぇっ!!
今、私、柏木の腕の中にいる…!!

「大丈夫か?」

耳元で聞こえる低い声に、こくこく頷く。

柏木は体を少し離して、腕の中にいる私を見下ろした。

「あ、ありがと…」

顔を上げると、切れ長の目と視線がぶつかる。

あっ、まずい。
柏木と目が合ったら、逸らせないんだ。

柏木の両眼がすぅっと細められて、その顔が近づいてくる。
吸い寄せられるように、瞼を閉じかけた、そのとき。

「キス、してほしい?」

その声にはっとして閉じかけた目を見開いた。
柏木が笑いながら、私を見ていた。

「そっ、そんなこと思ってない!」
「そうか?」
「そうだよっ!」

説得力の欠片もない真っ赤な顔で否定する私に、柏木はくつくつ笑う。

切れ長の目を三日月形に細めて、唇の端を上げて、楽しげに言った。

「好きだってちゃんと認めるまではしてやらない」

「べ、別にっ、してほしくない!」

嘘。ほんとはしてほしい…かもしれない。

差し入れの入った紙袋を柏木に押し付ける。

「今日はもう帰るから!これあげる!中身はサンドイッチとサラダラップとシナモンロール!おいしいよ!じゃあね!」

振り向かずに、階段を駆け下りた。