「少しでいいから、話をさせて。でないと、手は離さない」

強引な尚也にたじろいでしまった。
このまま言い争っていても尚也は引かないだろう。
それにこんな人通りのある場所で他人に注目されるのもイヤだ。

「少しなら聞く」

ぶっきらぼうに言い放った私に尚也はほっとした表情を見せた。

「少し、付き合って」
手首を持たれたまま歩き出した。

「離して」
尚也につかまれた手を引っ張ってみるけど
「無理」
そう言ってどんどん歩いて行く。


そこは商業施設のビルの屋上にある空中庭園だった。
花壇だけでなく大小の木々が植えてある。
都会の真ん中にこんな所があるんだな。
カップルや学生さん達の姿がちらほら見える。

尚也は私に自販機で買ったペットボトルを差し出した。

レモンティー

覚えていたんだ。
私の好み。

黙って受け取った。

「話って何?」

「夏葉も座れば?」

自分の座った木製ベンチの隣をトントンっと軽く叩いた。
もう手はつながれていない。逃げようと思えば逃げられる。

だけど、私は黙って隣に座った。もちろん、スペースを開けて。
このまま逃げられないのならレモンティーを飲む間くらい尚也の話を聞いてあげてもいい。

「いただきます」
ペットボトルに口を付けた。
飲み終わったら帰ろう。

「夏葉」

名前を呼ばれて尚也の顔を見た。
3年前より大人の男になっている。当たり前か。
確か、今年で30才になるはず。