夜、また樹杏が女性と歩いている。おそらく女性に向けた顔だ。優しく笑っている。
「ありゃ確かに間違われるな」
「は?」
 連中揃い踏みだ。知己もちょうどいたのだ。
「あれがちい姫だ。樹杏さんがああいう笑いを向けるのはただ一人。髪はおそらくウィッグだな。ちい姫の髪は茶髪じゃない。俗に言うぬば玉の髪だ、あそこまで見事な髪はそうそういないぞ」
 それで前回と前々回と髪型が違うわけか。だからこそ援助交際の噂もたつわけだ。
「ちい姫?」
「あり?お前たち知らね?」
 余計な事を。
「あぁ、もしかしてあの子が紅蓮の?」
 一番先に気がついたのは啓治だった。
「そ。あの子だよ。名前は……俺も知らんし、華弦も知らんだろ」
「はぃぃ?」
 美恵が驚いている。
「仕方ない。当主も咲枝様も本当の名前を知らないんだし。知っているとしたら樹杏さんに杏里、それから二人の『守役』くらいだ」
「どういう了見っすか」
「そういうもん。ちい姫と春に会ったか。それっきり家に行こうとしてもガードが固てぇ」
 でかいため息をついている。
「それで進まねぇと」
 わざとらしく啓治が言う。
「そ」
 その会話を楽しそうに他の連中が楽しそうに聞いていた。
「って事は、もしかしてあの写真の子?」
「写真?何じゃそりゃ?」
「お前ら……俺をおちょくって楽しいか?」
「そりゃ楽しいわよ。なんたってあんたが誰を思うなんて一生かかっても無理だと思ってたし?」
「啓治、明日師父の店に行かない」
「何唐突に」
「母親の命日なんだよ。墓参りくらいしても良いだろ?」
「お……おう」
 面白くない話から少しでも抜け出したかった。