マンションに戻ると祖母が来ていた。
「なっ!?」
「そないな顔せんでもええやろ」
「いや……京都からほとんど出ない方がいらっしゃったので」
「せやな、話がどこまで進んどるか気になったんや」
 嫌な話になってしまっている。
「まだ、会ってすらいません」
 その言葉に祖母が驚いていた。
「せやったら今日、無理してでも連れて来るべきやったね」
「え?」
 今日、樹杏とちい姫に会ったという。その帰りに孫の顔も見ようと思ったらしい。樹杏は婚約の話にはまったく触れず、さり気なく話もはぐらかされ確認できなかったと。
「うちもあの子の名前、知らんのよ。さすが樹杏やわ。今日おうたんやけど、話しとるもんやと思ったさかい、無理せんかったんよ」
 ため息をついている。
「だけど、この間の報告は……」
「そんなはず、ないやろ。それは虚偽やな。うちかて今日いきなり来たんや。樹杏やあの人かて出来へんよ」
 してやられたという事か。
「せやな、このまま話進めながら、保険かけとき」
「え?」
「うちのほうでも別の婚約者探すさかい」
「それだけは俺に選ばせてください」
 その言葉に祖母が笑っていた。
「あんたはその辺、花蓮に似て頑固やね」
 久し振りに母親の話を聞いた。
「せやな、明日には会わせられるかいねぇ」
 それは無理だと思う。樹杏のガードがかなり固すぎる。おそらく祖母だからこそ会わせたのだろう。
「樹杏ならうちで何とか……出来へんな」
 あっさりと祖母も白旗を揚げていた。
「あまり焦らない事にします」
 早く会いたい。一体どんな少女になっているのか。周囲は会っているというのに、紅蓮は会えない。それが辛い。
「おうてみて、どんな少女になったか見てみいや。うちは先入観入れると悪いさかい、言わへん」
 それも心遣いなのか何なのか、よく分からない。
「これから紫苑と会うけど、紅蓮はどうするつもりや?」
 祖父の愛人の子供ながら、祖母は紫苑をいたく気に入っている。何かあると呼び出したり、こうやって会っているらしい。そのせいか母親を早くに亡くした紅蓮にとっても、引き取ってくれた叔父は別の人物だが、何かと相談したりして頼っている。
「……俺はもう少しやる事あるから」
「根つめへんようにな」
 優しくそう言って祖母は部屋をあとにしていた。
「ちい姫……」
 誰も本当の名を知らぬ少女。一目でいいから会いたいと思う。
――ちい姫の名前は?――
――ちい姫はちい姫だよ?――
 そこから推測されるのは「ちい」とつくのか、それだけである。
――その方、健在だと良いですね――
 ふと別の少女の言葉がよぎった。
 生きている。そして何よりも無事だ。それが嬉しかった。
「紅蓮様」
「疾風?」
「白銀の呪術師殿からです。明日に向けて色々策を練りたいので今からいらしてくださいと」
「分かった」
 思い出に浸る余裕もない。それが今の状況だ。