「ただいま。」
 返事はなかった。家には誰もいない。いつものこと、もう慣れたことだった。あたたかい言葉と共に自分を迎えてくれるような人は、誰もいない。
『ただいま』
『おかえり』
 きっと、このやり取りはたくさんの家庭で日常生活の中でごく普通に交わされるものだろう。でも、僕にとってはとてもうらやましいものだった。
 しかし今日はそんな自分の帰りを待っていたかのように、靴を脱いでから息をつく間もなく電話が僕を呼んだ。急いでスリッパを履くと、受話器を取った。
「もしもし、今ちょっとだけお電話しても大丈夫かしら?」
ひとことも発する間もなく聞こえてきたのは、明るくてよく通る祖母の声だった。
「明日、そっちに行くから。お父さんにもそう伝えて。」
祖母は以前から片付けや掃除をしに、定期的に家に来ていた。
「分かった。いつもありがとう。」
「良いのよ、テストが近いんでしょう?家のことはおばあちゃんが手伝うから、お勉強頑張るのよ。」
その言葉を聞いて、頭の中が一瞬真っ白になった。
「うん、じゃあね。」
なんとかそれだけ返事をすると、受話器を置いた。