優しい魔女は嘘をつく


あの日起きたことがすべて、夢だったんじゃないかと思えるくらいに。





ガラスが刺さった時にできた足の傷は、今では嘘みたいに無くなっていた。




スリップした車を運転していた人は、大きな怪我を負ったものの無事だったらしい。







そうだ。何もなかったんだ。




誰一人いなくなってない。何も消えていない。何も失っていない。




そう思って家に帰れば、そんな考えはすぐに打ち砕かれる。







いつもついていた家の明かりも、「おかえり」の声も、何もなかった。




その度に、その家にあった全部が消えたんじゃないか、とさえおもった。




いくら時間が経って、記憶が薄れてきていても、母と父が消えた事実が無くなることはなかった。