「あら、お嬢様お帰りなさいませ。一晩で出戻りですか?」
 マイヤ達を見るなり、レカが言う。
「違いますわ。お父様と母の離縁状を取りに来たのですわ」
「旦那様と奥様の離縁状ですか。……王都に移管したはずですが」
「それが、あちらの国に戻る際、離縁に至るまでの書類が全くなかったのですって」
「ということは、旦那様は一度もご結婚なさっていないと」
 レカの言葉に、近くにいた使用人たちがダニエルを哀れんだ。
「婚姻の書類はありました。なので離縁だけです」
 ヴァルッテリがあっさり言う。その瞬間、ハイタッチする使用人たち。リーディアとダニエルが離縁していなかったというのが嬉しいらしい。それでいいのか、使用人。
「……えっと」
「ちなみにレカは帝国から母についてきた侍女ですけど」
 驚くヴァルッテリたちを尻目に、マイヤは爆弾を落とした。
「奥様と仲違いしましたけどねぇ」
 ここぞとばかりにレカが追従した。

 ベレッカが茶を用意する間、ゾルターンの指示で離縁に関する書類を神殿に問い合わせている。
 そして、レカはグラーマル王国に来てからのことをヴァルッテリに話して聞かせていた。
「私は騎士爵の三女です。敗戦後、当時は侯爵令嬢であったリーディア様についてきました。着いてすぐ、離宮という名の娼館にリーディア様たちと共に入れられ、まぁ、そのあとはお察しの通りですよ。避妊しないわ、病気持ってて平気でするわ、最悪でしたね」
「病気持ち?」
「はい、感染性の性病です。私らが性病に罹患したとしても、あちらは平気なんですよ。どうしてだろうと思ったら、こちらには治癒薬というのが三十年以上前からあったようで、それを服用していたから大丈夫だろうという、馬鹿な考えでしたね。お嬢様の病状が酷くなった時点で、上位貴族から下位貴族へ下げ渡しのように扱われました。唯一、とある子爵令嬢を除いて。
 あの方だけは娼婦としても扱われませんでしたから、帝国と王国で何かしら取引でもあったのだと思っておりますよ」
 その子爵令嬢とやらに、マイヤは帝国の歴史を学ぶとともに、蔑まれていた。
「リーディア様がこちらに嫁がれる頃、帝国から二人医師を呼びまして、治療にあたらせました。おかげでリーディア様の容態もよくなり、お嬢様を身籠ったわけです。一年後王都にある領主館に移り住んでからはまったく存じ上げませんね。一度もお戻りにならなかったどころか、こちらに居座る私に『裏切者』と罵倒したくらいですので」
 そこまで聞いたヴァルッテリたちが頭を傾げた。……気持ちは分かる、マイヤは心の中だけで賛同しておいた。

「マイヤ~~!! 戻って来たんだね! よくぞ破棄出来……」
 ノックの音もせずに扉が開いたと思ったら、ダニエルが飛び込んできた。男爵にあるまじき失態であり、失言だ。
 そんなダニエルの後ろにはゾルターン。後程雷が落ちることだろう。同情はしない。