「専業主婦になってもいいし、仕事を続けたければ続けていい。子供は二人できたら嬉しいなと思う。年に1回は旅行に行って、郊外に庭付き一戸建ての家に住んで、大型犬を飼う。そんで庭で犬と遊ぶ子供たちを眺める休日。どう?」

「どうって……」

「そんな平凡だけどのんびりした生活をさせてあげられるくらいには出世します」

「はあ……」

「はあって……反応が薄いな」

「シバケン酔ってる?」

「酔ってないって。真剣だから」

シバケンは困ったように引きつった顔で薄っすら笑う。自嘲するかのように。

「だめかな? こんなんじゃ実弥に満足してもらえるような生活じゃないかな?」

「……してみたいです」

「え?」

うつむく私にシバケンは聞き返す。

「そんな生活してみたいです……」

雨音に掻き消されそうなくらいの小さな声だ。けれどシバケンには聞こえたようで、うつむく私の頭に手を載せて優しく撫でた。

「じゃあ俺は精一杯頑張ります」

頭の上から穏やかな声が降ってくる。

夢や目標もなくやりがいも感じなかった私の日々の生活に、シバケンという希望が生まれる。父に従って生きてきた人生を後悔していた。だから今度こそ自分で選びたい。この人とならこの先の人生は穏やかで楽しくて幸せだろう。
潤んだ目から落ちた雫は雨と一緒に地面に落ちて溶けた。顔を上げシバケンと見つめ合う。

「一緒に頑張ろうね」

「はい」

シバケンの顔が近づき頭を撫でていた手が私の腰に回る。もう何度目かわからないキスをまた交わし、ゆっくりと名残惜しむように唇を離した。

「あ、でも中型犬がいいです」

「ん?」

「犬は柴犬を飼ってみたいです」

この言葉に二人同時に笑った。

シバケンの車を見送り家の中に戻った。相変わらずリビングでニュースを見ている父の背中は何事もなかったようにリラックスしていて腹立たしい。けれど以前ほど怒りをいつまでも留めることはなくなった。私の人生は確実に前に進んでいる。そろそろ親離れをしなくてはいけない。そう感じていた。