不意にシバケンが私の名を呼んだ。前を向いたまま歩く彼の伸びた手が目の前にあった。
「ん」
何かをしてほしいと言うでもなく、シバケンは腕を後ろに回したままだ。
「何ですか?」
「ん」
問いかける私に答えることなく手首を軽く振った。その行動の真意を理解した瞬間、顔が一気に火照った。
「ん、じゃわかんないです。言ってくださいよ」
どういう意味かなんて分かっているけれど、シバケンから言ってほしくてわざとそう言った。
「ん」
それでも変わらず手を私の前に出し、早くしろと言わんばかりに手首を振った。そんなシバケンの態度に私の心はどうしようもなく揺さぶられる。
「もう……」
呆れるふりをして差し出された手に自分の手を重ねると、彼の指が私の指に深く絡まった。
「お邪魔します……」
手を繋いだまま彼の部屋に入ると、シバケンは焦りだした。
「ちょっと待ってて!」
慌てて手を放すと私を玄関に待たせたまま部屋を片付け始めた。
「いつもはもっとキレイなんだけど……」
「お仕事が忙しいですもんね。それでも散らかってないですよ?」
「いや、まあ……あー日頃からちょっとずつ片付けとくんだった……」
ベッドに無造作に放られたシャツをハンガーにかけクローゼットにしまいながら、恥ずかしそうに私と目を合わせないシバケンに笑ってしまう。
「私は気にしませんから、お風呂に入ってきてください」
「……そうする」
ローテーブルの上に置いてあったマンガ雑誌を壁際の床に置くと、シバケンは部屋を見回して私に入ってもいいよと促した。
「じゃあ風呂入ってくるね。何か飲む?」
「いいえ、おかまいなく」
バスルームに行ったシバケンを確認すると、ローテーブルの前に座った私は部屋を見渡した。さっきの頑張りもあって綺麗に片付けられているけれど、ベッドにはまだ無造作にスウェットが置かれている。



