「あのさ、もうシバケンはやめにしない?」
「じゃあ何て呼んでほしいですか? シバケンって結構気に入ってるのに」
「実はそれ嫌なんだ。警察官になりたての頃を思い出すから」
私たち高校生に『シバケン』と呼ばれていたときは新人警察官だった。あの頃を思い出して未熟な自分が恥ずかしくなるのだという。
「じゃあ健人さんはどうですか?」
「そうだね。健人でいいよ」
健人さん、と言葉に出すとどうもしっくりこない。
「でもシバケンが一番呼びやすいです。私にとってシバケンは特別ですから」
あの時の大事な思い出があってこその今なのだ。『柴田』や『健人』と呼ぶ人はいても『シバケン』と呼ぶ女の子は少ないのだとシバケン自身が言っていた。
「まあいいよ、シバケンでも。実弥ちゃんの好きに呼んで」
「シバケンも実弥ちゃんはやめてください」
「じゃあ何て呼ぶの? みーちゃん?」
「それは嫌です」
シバケンは残念そうな声を出すけれどこれは譲らない。『みーちゃん』なんて子供っぽくて恥ずかしい。実際子供の頃はそう呼ばれていたけれど、大人になっても昔からの友達以外で呼ばれることには抵抗がある。
「呼び捨てでいいですよ」
「……実弥」
スマートフォンを通しても、シバケンの声で囁くように呼び捨てにされると耳がくすぐったい。私たちの距離がどんどん近づいていく気がする。今の関係が心地いい。
「そういえばいい部屋は見つかった?」
「まだです。週末もう一度不動産屋に行ってみます」
「早く帰れたら俺も付き合うからね」
「はい」
週休2日制の私と違ってシバケンは3交代制の勤務だ。私が休みの日でもシバケンが休みとは限らない。二人の休みが重なることの方が珍しかった。
私が家を出たいと思っていることも伝えていた。家族仲が良くないのだとは匂わせても、家を出る詳しい理由は話していない。そのことをシバケンが深く聞いてこないのはありがたかった。



