PMに恋したら


坂崎さんを褒めちぎる父に、謙遜する坂崎さん。同じような内容を何度も繰り返す二人の会話にそろそろ飽きてきた。

父の会社のことはよく知らない。父の兄である私の叔父が社長を務めていることと、次期社長には私の従兄弟が就任することが決まっていることしか知らなかった。
私を早峰フーズに就職させることができるコネがあるだけあって、父の会社もそこそこに大手だ。専務である父が目をかけるくらいなのだから、坂崎さんは本当に優秀な社員なのだろう。けれど私は坂崎さんに全く興味がない。尚も私を見る坂崎さんの視線についに耐えられなくなった。

「ちょっとお手洗いに……」

私はそう言って席を立った。

化粧室の大きな鏡の前で溜め息をついた。嫌われるために来た食事の席は驚くほどつまらない。私がいてもいなくても何一つ関係なさそうな中身のない会話。
どうせ坂崎さんに呆れられているのだ。できるだけ早く帰りたい。

シバケンは今頃どうしているだろう。通り魔事件の犯人は捕まっただろうか。明日の朝の情報番組で犯人逮捕の報道がされるといいな。彼が大事な仕事をしているのに、こんなところで意味のない時間を過ごしている自分が情けない。
シバケンに会いたくてたまらない。

もう一度溜め息をつくとメイクを直さずに化粧室を出た。





つまらない食事会をやっと終え車に乗り込んだ。発車する直前まで坂崎さんは私たちを見送った。最後に私の顔を見て、普通の女性ならうっとりするほどの笑顔を向けてくれたのが申し訳なくなった。
会社員って本当に大変だ。気を遣って作り笑顔をキープしなきゃいけないんだから。
車を運転しながら父は母までもうんざりするほど坂崎さんの話をしていた。

「今度は二人で会ってきなさい」

ずっと父の話を黙って聞いていたけれどさすがに抵抗した。

「嫌だ。あの人と会うのはこれで最後だよ。お父さんも今日だけって言ったじゃない」