家に帰りヒールを脱ぎかけたところで母が階段から下りてきた。普段滅多に着ないパステルカラーのスーツを着て、髪をねじって後ろで束ねている。
「どうしたの?」
「これから食事に行くのよ。実弥も支度しなさい」
「え?」
「まあ実弥はその格好でも問題ないわね。でも化粧は少し直した方がいいかも」
母は私の髪型からヒールまで全身を見ると満足そうに笑った。
「なんで私も行くの?」
「だって実弥が主役なんだから」
「は?」
ますますワケがわからない。
「お父さんの会社の人と食事するの」
「それなら私が行く必要ないじゃない」
思わず母にきつい言い方をしてしまったとき「いいから支度しなさい」とリビングから出てきた父が母との会話に割って入った。
「お前がいないと意味がないんだ。彼は実弥に会いたがっているんだから」
彼と聞いて食事の意味を理解した。父が紹介したい男がいると言っていた。きっとその男性とこれから会わなければいけないのだ。
「そんなこと聞いてないよ……」
「いつも休日は家にいるじゃないか。どうせいつでも暇だと思っていたんだ。それなのにこんな時間まで帰ってこないとは思わなかった」
この言葉にシバケンとの楽しかった時間の余韻が消えた。毎度のことながら父の強引さに腹が立つ。
「伝えた時間ギリギリなんだ。早くしなさい」
命令する父に怒りが湧き「行かないから」と止められる前に再び玄関の外に出た。家にいては無理矢理連れて行かれそうだったから。男性と食事なんて絶対に嫌だ。やっとシバケンと想いが通じたのに、彼以外の男なんてどうだっていい。
静かな住宅街の私以外誰も歩いていない道路で、後ろから来た車が私の横で停車した。その車を横目で見てそのまま無視して歩き続けた。運転席に座る父が眉間にしわを寄せたまま車を徐行させて私についてくる。無言の圧力に苛立ちが募った。
「実弥」
助手席の窓から母が顔を出した。



