「ごめんね。せっかく会えたのに」
寂しいけれど仕事なら仕方がない。でも今の私はきっと暗い顔をしている。今夜はもうシバケンと別れなければいけない。
「家まで送れなくて本当にごめんね」
「いいえ、大丈夫です。お仕事頑張ってください」
精一杯の笑顔を作った。行かないでなんて言えない。彼を引き止めてはいけない。子供のように拗ねてはだめだ。
シバケンは私に近づき腰を引き寄せたかと思うと突然キスをした。「もう強引なことしないから」なんて言ったくせに、またしても公衆の面前でキスをされた。焦った私はシバケンの肩をとんとんと軽く叩いた。
「んっ……」
名残惜しそうに唇を離したシバケンの顔を優しく押す。
「さよならするのが寂しいのは私も同じですが、ここでは困ります」
今いる場所は駅前なのだ。シバケンには人前でキスをするのを控えてもらわなければ。怒りつつも優しく笑うとシバケンは反省した顔を見せる。
「なら続きは今度ね」
名残惜しそうに腕を離して私を解放する。そうして耳元で「その時は朝まで帰さない」と囁いた。私は顔を真っ赤にして驚いたけれど、当のシバケンは笑ったまま「またね」と言って駅まで早足で行ってしまった。
シバケンが素面でもこんなに大胆な人だったなんて予想外。もしこの次に会った時には本当に朝まで帰してくれなそうだ。強引な男性は苦手なはずだったのに、シバケンの予測不可能な行動に恐怖なんて抱く暇もない。
本当は今夜も駅までは一緒に行きたかった。できるだけ長い時間そばに居たかった。けれどそんなワガママを言って困らせたくない。シバケンは大事な仕事に就いている。
早く犯人が捕まりますように。あの時のように怖い思いをする人がこれ以上出ませんように。シバケンが怪我をしませんように。
そう願うことしか私にはできないのだ。



