不思議に思って声をかけたけれど前を歩くシバケンは止まらない。通路の奥には非常口があり、従業員も観客も誰もいなかった。シバケンはやっと止まって私の手を放すと、壁に寄りかかって頭を抱えた。

「シバケン、大丈夫ですか?」

ますます不安になってシバケンの顔を覗き込んだ。すると顔を背けられた。

「ごめん……また強引に……」

シバケンは申し訳なさそうに謝る。

「俺は実弥ちゃんを困らせることばっかりするね……」

「そんなことないです」

今にもしゃがみ込みそうなほど落ち込んでいるシバケンに一歩足を近づけた。

「困ってないです……嬉しかった……」

これが本音だ。シバケンとこうして会えたこと。痺れるような甘いキスをしたこと。全てが嬉しくて堪らない。

「困るとしたら私の方です」

シバケンは首をかしげた。

「私は嬉しいです。けどシバケンは?」

「え?」

「こうして会ってくれて、私にキスして、でもシバケンが私をどう思っているのかまだ聞けていません。私の気持ちの行方はどうなりますか?」

今までのキスはシバケンの方から。けれどシバケンの気持ちは分からないまま、私に対する想いをまだはっきり聞かされていない。

「ごめん」

壁に寄りかかっていたシバケンは真っ直ぐに立ち私を見据えた。

「彼氏がいるって聞いてたのに、二人で会ってキスしたのは俺も君が好きだから」

私と体を向き合って優しい顔で告げた。

「会ったときから気になってた。最初に裸足で歩いていた時の泣いている君がずっと」

シバケンと目を合わせることができなくなった。裸足でいたときの泣き顔を覚えられていたことに、またも恥ずかしさがこみ上げる。

「あの時は単純に仕事として心配してた。でもその後わざわざお礼に来てくれたのも、良い子だなって思った。そういうの珍しいし。俺の中で気持ちが実弥ちゃんに向き始めた」

伏し目になり照れたように口許を緩めるシバケンに私も同じようににやけてしまう。

「今も映画で感動して泣く君が可愛くて、俺の怪我を心配してくれる君が愛しくて……」

シバケンの手が私の頬に触れた。