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「はい、総務課黒井です」

1時間に1回はかかってくる内線にうんざりしながら私は受話器を取った。

「秘書室の宮野です」

抑揚のない冷たい声に背筋がピンと伸びた。副社長付きの秘書である宮野さんは実質秘書室を仕切っている秘書課のリーダーだ。

「役員の方々が飲む緑茶の茶葉がなくなりますので購入をお願いいたします」

「んぇ?」

思わず声が上ずった。

「私がですか?」

「他に誰がいるんです?」

宮野さんは断ることなんて許さないとでも言うように声に覇気を感じる。

「秘書室のお茶はもう買わなくてもいいと言われているんですが……」

「いつも総務課にお願いしているはずですが?」

「でも引継ぎのときにもう大丈夫だと……」

「北川さんがどう言ったかは知りませんが、私はあなたにお願いしているんです」

宮野さんの冷たい声は機械を通すとより一層冷たく感じる。まるで耳に突き刺さるようだ。

「役員のお茶はいつも龍峯茶園のお茶しか買わないと北川さんから聞いているかと思いますが、弊社に特別に割引してもらっているのはご存知ですか?」

「…………」

「昔からのお取引がある企業で直接行って買う方がお得なのでそうしているんです。ご存知のように秘書課は忙しいので総務課にお願いしているんですよ。龍峯茶園のホームページから頼むと少量の配送は申し訳ないでしょう。けれど大量に購入しても飲みきれません。茶葉は購入してすぐ飲むほうが美味しいんですよ。だからそちらが行ってくださらないと困ります。できれば今日中に。いいですね」

口を挟むすきなく責められ、返事をする前に内線は切れた。
受話器を戻すと溜め息をついた。役員用のお茶を特別価格にしてもらっているのは知っているし、秘書室の面々が忙しくて備品の買い物にも行けないことは周知の事実だ。けれどあの言い方はないだろう、と気持ちが沈む。宮野さんの声だけでも怯んでしまう。