「酔ってるだけですよね? 取りあえず落ち着きましょう」

「あのさ、このままキスをしたら過去の実弥ちゃんも思い出すかもしれないよ」

この言葉に体が小さく震えた。

「ふざけないでください……」

涙が頬を伝った。それでようやくシバケンは焦り始めた。

「実弥ちゃん?」

ついに肩まで震えだす。

「ごめんいきなり……やり過ぎたね」

先程とは違い焦った顔をして私を気遣い始めた。

「こんな人だと思わなかった……」

思わず呟いた言葉に私の肩を抱いた腕がピクリと動いた。

「全然、違う……」

私が好きになったのはこんなシバケンじゃない。

「実弥ちゃん?」

「こんなの最低!」

体をよじり私の肩を抱くシバケンの腕を振り払った。驚いて動けなくなったシバケンから逃げようと走り出した。後ろから「え? え?」と困惑する声が聞こえたけれど、一度も振り返ったりはしないで自宅までの道を全力で駆けた。

憧れの警察官に会えたのに。その憧れを壊したのは警察官本人だった。どうしようもない怒りと絶望が私の足をより早く動かした。



◇◇◇◇◇



不本意な残業を終えて駅前を歩きながら私はイラついていた。
レストラン事業部の新規店舗開店に向けての書類のコピーが一気に私のところに回ってきた。事前書類と照らし合わせるだけで他の仕事が回らなくなる。経理課にいた頃には分からなかった店舗のイメージが見えてきて面白いけれど、残業になるだけの量は負担だった。

飲食店の多い駅前は人でごった返し、真っ直ぐ歩きたいのに大学生らしき集団を避けて歩くのに精一杯だ。オフィス街である古明橋は近隣に大学や住宅街もあり、まだ21時とあって老若男女問わずに駅を利用する人は多い。

「ふざけんなコラァ!!」

地面を見ながら歩いていた私は怒鳴り声に顔を上げた。駅前ロータリーには車ではなく人が集まっていた。人垣の向こうからは絶えず怒鳴り声が聞こえている。