「あの……じゃあお願いします……」

これ以上断るのはシバケンに悪いと思って甘えることにした。

混み合う電車の中でシバケンは私が潰されないようにとドアに手を突っ張って空間を作ってくれていた。その心遣いは嬉しかったけれど顔は赤く、電車の揺れに合わせてシバケンの体も揺れた。彼も少なからずお酒を飲んでいた。いつの間にか私を見つめる目には力がこもり、顔のパーツ全てを一つ一つじっくりと見てくる。
電車が大きく揺れ、シバケンが私に覆いかぶさるように近づくと耳元で荒い呼吸を感じる。そうして必要以上にゆっくり体を離した。
今までならこんな風にシバケンに近づくだけで舞い上がるほど嬉しいはずだった。けれど今は居心地が悪くて堪らない。
何故だか今のシバケンの雰囲気は私が好きになった彼とは違うように思えた。先ほどの高木さんの言葉が耳から離れないせいだろうか。シバケンが言った言葉ではないのに。
今のシバケンだって私の記憶の彼からは想像できないほど酔っている。今日はプライベートで、仕事中じゃないのはわかっている。でも理想がこれ以上壊れていくのは辛かった。

「次の駅までで大丈夫ですから。そこから引き返してください」

「いや、家の近くまで送るって」

「そうですか……ありがとうございます……」

本音はイメージと違うシバケンとこれ以上一緒にいたくない。でも断れない。

駅に降りるとシバケンは本当に改札を出て駅の外まで来てくれた。私の横に付き添って無言で歩く。
体が触れそうで触れない距離にシバケンがいる。かつて酔っぱらいから助けてくれた警察官は、今私を困惑させる。大切な思い出を砕かれていくようで悲しい。だから私は意を決した。

「ねえ柴田さん、私のこと覚えてますか?」

ついに聞けた。思い出してほしかった。あの頃のようにかっこよくて優しく笑うシバケンに戻ってほしいから。