家に帰ると母がキッチンから顔を出した。
「お帰り実弥」
「ただいま」
「お父さんが話があるって」
「え……」
母の言葉に靴を脱ぐ私の体が硬くなる。父とはこの数年まともに会話をしていない。改めて話があるなんて嫌な予感がした。無言でリビングに入って父が座るソファーの向かいに座った。
「…………」
父は私を見て読んでいた新聞を折り畳んでテーブルに置いた。
「仕事はどうだ?」
「おかげさまで退屈な毎日を過ごしています」
父の斡旋で退屈な仕事に就いてしまった。大手企業に属する低い肩書きを得た。たったそれだけだ。
「甘えたことを言うな。何も資格も取り柄もないお前が仕事に就いているだけでもありがたいと思いなさい」
図星なので何も言い返せない。
「恋人はいるのか?」
意外な質問をしてきた。けれど答えるつもりはなかった。
「…………」
「特定の相手はいないんだな?」
恋人とはついさっき別れたばかりだし、真っ先に思い浮かんだ想い人とは恋人でもなんでもない。
「……だったら何?」
「実弥に紹介したい男がいるんだ」
「え?」
「お父さんの会社の人で実弥と歳は少し離れているんだが」
「ちょ、ちょっと待って!」
突然何を言い出すのだろう。男を紹介するなんて父から言われると思っていなかった。
「紹介なんていらない。何を言い出すの!」
「恋人がいないなら会ってみなさい。将来有望な男なんだ」
「絶対に嫌!」
父の紹介なんてろくでもない男に決まっている。
「必要ない! 恋人は自分で見つけるんだから!」
そう言い捨てて立ち上がってリビングを出た。駆け足で階段を上り自分の部屋にこもった。



