シバケンと別れて太一の家に向かった。今日は長居するつもりはなかった。太一の家に向かう目的は泊まったときに使う歯ブラシや着替えなどの私物の回収だった。私の頭の中がシバケンでいっぱいになったとき、やっと太一と別れる決心ができた。
高校生の時助けてもらってからずっと、本気で好きになったのはシバケンだけだった。初恋以上に恋人の太一に気持ちが高ぶることはなかったから。
チャイムを押して出てきた太一は不安そうな顔だった。部屋に招き入れられると、私は部屋の主より先に座った。
「太一も座って」
そう促すと太一はますます不安な顔になって私の向かいに座った。緊張して深呼吸すると太一の顔を真っ直ぐ見据えた。
「別れよう」
緊張とは裏腹に肝心の一言は簡単に口から出た。
「…………」
「この間太一に締め出されてから考えて決めたんだ」
「…………」
太一は何も言わず私の膝を見ていた。
「私も悪かったけど、ケンカして一方的に締め出すなんてあんまりだと思った。太一は反省してるのがわかったけど、この先同じことがあったらまた私は悲しくて太一を今度こそ嫌いになる」
そうなりたくない。恨みたくない。嫌な思いをして別れたくない。
「わかった。別れよう」
今度は私の目を見てあっさり言った。お互いに深い気持ちはなかったのだ。だから太一も私をぞんざいに扱うし、別れにも承諾するのだ。
「今までありがとう。実弥といて楽しかったよ」
「私もだよ」
お互い笑顔にはなれない。けれど深い悲しみはない。これ以上傷つけ合う前にさよならできた。
私物を全てカバンに入れると「じゃあね」と言って太一の部屋を出た。背中に太一の「おう」と言う声が向けられた。来る前の想像以上に心が軽くなった。足を動かし一歩ずつ歩くたびにどんどん軽くなる。これで私はシバケンだけを見つめられる。



