「本当に、この間はありがとうございました」
「いえ、大したことじゃないですから」
シバケンは照れたように笑う。
「この交番にはずっといらっしゃるんですか?」
シバケンがこんな近くに居るなんて思わなかった。私が気づかなかっただけですれ違っていたのかもしれない。
「えっと……ここには2年います」
「2年も……」
「でも来週から異動になりますが」
「え!?」
思わず大きな声が出てしまった。せっかく会えたのにまたどこかに行ってしまうなんてあんまりだ。私の反応にシバケンも驚きながら「次は中央区勤務です」と言った。
「中央区ですか!?」
またしても大きな声が出た。中央区は私の会社があるところだ。
「私も古明橋の会社に勤務してるんです!」
「そうですか。偶然ですね」
シバケンも微笑んだ。私の勤務地にシバケンも勤務する。この偶然が嬉しい。
「古明橋交番とかですか?」
「いえ、次はパトカーに乗ります」
「あ……そうなんですね……」
さすがに偶然は続かない。古明橋交番なら会社のすぐ近くなのに。
「でも中央区全域をパトカーで走りますから、またお会いすることもあるかもしれませんね」
「はい!」
私の笑顔に釣られてシバケンも目尻が下がった。
また会いたい。この人の働く姿を見ていたい。
私のこと、覚えてますか? とは聞けなかった。だって7年も前のことを覚えている方が凄いこと。たくさんの事件を扱い、たくさんの人に会う警察官にしたら私なんて記憶の隅に埋もれてしまっているだろう。
でも私にとっては大事な思い出だ。もし覚えていないとはっきり言われたら私の宝物が壊れてしまいそうな気がして怖かった。



