「できませんよ、実弥さんには」
「え?」
「あなたは黒井専務……お父さんの決めたことには逆らえない」
坂崎さんは変わらず笑みを浮かべている。
「お父さんが僕と結婚をと決めたのなら、実弥さんは抵抗しても最後にはそれに従うんです」
「そんなこと……」
「そんなことないと言い切れますか? 今までずっとそうだったのに?」
責められているかのように感じたけれど坂崎さんの顔は面白がっている。
「実弥さんに恋人がいようと、そんなことは些細なことです。あなたは最終的に僕を選ぶ」
この人が怖い。私のことを見透かしているかのような顔も言葉も全てが怖い。恐怖心をはっきり自覚した。無意識に坂崎さんから離れようと腰を浮かせたとき、坂崎さんに腕を掴まれ体がびくりと震えた。
「マンションを買うよりは戸建てがいいですね。子供は二人。実弥さんには仕事を辞めて専業主婦になってもらいたいです」
坂崎さんの理想の結婚生活はシバケンが語ってくれたものと似ているようで全然違う。シバケンの理想の中心には私がいた。けれど坂崎さんの理想の生活に私の意思は存在しない。反論も意見も受け入れない傲慢さが口調から滲み出る。
「僕に従ってついてきてくれれば幸せになれます」
自信に満ち溢れた言葉と表情は私を支配する気満々だ。まるで父のように。
「今更お父さんに逆らえますか? 難しいでしょうね」
そう言ってバカにするように私に顔を近づけた。
家を建てる場所も間取りも、彼だけが決めかねない。子供が生まれたら、名前も教育方針も進学先さえも自分の思い通りに指示しそうだ。
坂崎さんと結婚したら永遠に私の心は押しつぶされ続ける。そんな未来を想像してしまったとき、掴まれた腕を振りほどこうともがいた。けれど腕が自由になることはない。
「放して!」
「僕は本気です。専務に言われたからじゃない。自分であなたを選ぶんです」