坂崎さんはポケットから携帯灰皿を出すとタバコを中に押し付け入れた。

「実は僕、前にも実弥さんに会っているんですよ」

「え?」

「4年前だったかな……夏にこの庭で社員とバーベキューをやったのを覚えていますか?」

「……ああ」

確かに4年前の夏に父の会社の社員を招いてここでバーベキューをやった。けれど当時大学生だった私は父への反抗心から積極的に参加はしなかった。自分の部屋に引き込もって社員が帰るのをじっと待っていた。挨拶程度の会話はしても、大人数の社員がいたから一々顔を覚えてはいない。

「すみません……坂崎さんのことは……」

「そうでしょうね。でも僕は覚えていますよ。お会いして可愛らしいお嬢さんだなって思いましたから」

「いえ、そんな……」

坂崎さんにお世辞とはいえそんなことを言われたら困ってしまう。

「専務がいつも自慢しているお嬢さんはこの子かって」

「自慢……ですか? 父が?」

「はい。黒井専務はいつも実弥さんのことを話されています。早峰フーズに就職されたときは、それはもう嬉しそうで」

意外だった。父はいつも私を都合のいい道具扱いしているのだと思っていた。

「だからお話したことは少なくても、僕は実弥さんのことを知っているんです。どんな方なのかを」

そう言って坂崎さんは横を向き私を見つめた。その熱っぽい視線から逃げるように私は下を向いた。

「実際に近くでお会いして、僕は専務に目をかけて頂いて本当によかったと実感しています。実弥さんとこうしてお話できましたから」

思った以上に坂崎さんは私との結婚に前向きでいるのかもしれない。

「ここに近いところに家を建てましょうか」

「はい?」

突然の提案に間抜けな声が出た。

「実家に近いところなら、将来子供が産まれても安心ですから。車を置くスペースと遊べる広さの庭は外せませんね」

「え、あの……」