「何も思いだせません。
 警察の方でも、俺の家出人捜索願?指名手配犯?失踪届?
 それらのものを手掛かりに、俺の身元を調べてくれたようですが、
 残念ながら何も手がかりはなかったようです」

半ば、メモに書かれたものを手に取って読み上げるように状況を教えてくれる山崎さん。

そりゃ、幕末の新選組の山崎さんの失踪届や、捜索願が、こっちにあったら私がびっくりするわっと
心の中で突っ込みながら、黙って会話を聞き続けた。

「そうなんですねー。
 でも名前がないと不便ですよね。
 今後はどうされる予定なんですか?」

「そのあたりのことも、助けてくださった山波さんがいろいろと力をかしてくださるそうです。
 今朝も、この書類を持って話し合いきてくださったんですよ」

そう言って、ベッドの枕元から封筒を取り出して中の書類を目の前に広げる。

広げられた書類を手に取って、視線をむける。

そこには記憶喪失で自分の名前がわからない人が、
仮の戸籍を取得するまでの流れが記されていた。


簡単に要約すると、山崎さんのような無国籍者を市町村が保護し仮の名前を決め、
民生委員の協力で住所を定め、その市町村の長の権限で住民票を発行。

そして生活保護を貰いながら、家庭裁判所で就籍届を貰って国籍を得る。
そんな内容が記されていた。

だけど幕末の山崎さんには、記されている言葉の意味も記憶が存在したとしてもわからないことだらけだろうと思われた。
それ故に、書類の内容を簡単に説明する。


「その就籍届と言うものを取得すれば、記憶がなくても、少しずつ生活を取り戻すことが出来るということなんですね」

山崎さんの言葉に私は頷いた。

「そうですか……。それを聞いて安堵しました。
 自分自身がわからないので、この先、不安を感じずにはいられませんでした。
 ですが新しい名前でいいんですか?
 それを得られると同時に、俺が生きる証が、出来るということですね」

そう言って、山崎さんは少し笑顔を見せてくれた。

そんな笑顔が凄く懐かしい。
花桜の傍で、花桜をからかってた時に見せる笑み。

そんな笑い顔が懐かしくて。
だけど……懐かしいけど、どこか寂しくて。


「今後は?」
「明日、また山波さんが来て、専門家の人と相談予定だそうです」
「じゃ、またお邪魔しますね。
 お大事にしてくださいね」

そう言い残して、お辞儀をすると私は山崎さんの病室を後にした。

学校が終わって、はや二時間ほどが過ぎようとしてる。
真夏よりも日が落ちるようになった夕暮れの中、今度は総司が入院するパパの病院へと向かう。

受付で手続きを済ませて、総司の病室へと向かうと、
本を読んでいた総司が視線をあげて笑いかける。

「こんにちは」
「瑠花、学校は終わったんですか?」
「うん。
 終わったよ。終わった後、花桜の家に寄って、その後は山崎さんの入院する病院に顔出してた」
「そうでしたか?
 山崎君は?」
「治療は順調みたい。
 今日は痛みも少なく過ごせてるって言ってた」
「記憶は?」

話かけてくる総司のベッドサイドに腰かけて、ゆっくりと首を振る。

「まだ山崎さんの記憶は戻ってないよ。
 名前もわからない」
「そうなんですね。
 僕がこの世界に来た時は、山波敬里でしたか。
 僕はすでにこの名前でした。
 でも……山崎君は、僕とは違った歩を始めているんですね」
「そうだね。
 でも花桜のお祖父さまがうまく、動いてくれてるから。
 あっ、花桜のお祖父さまって言っちゃうけど、今の総司にとってもお祖父様になるよね」

そう言うと総司は、再び、視線を本へと向けた。