「あっ、敬里……」
「敬里って、何度言わせるんだよ。
ここでは沖田総司だって言ってんだろ。
二人だけの時ならまだしも、誰に聞かれるかわかんねぇ場所でその名前で呼ぶなよ」
「あっ、ごめん」
敬里の言葉にそう言って謝ってみても、
私にとっては、敬里は敬里であって、沖田さんにはなりえない。
私の時も、花桜の時も、瑠花の時も、その時代の誰かと入れ替わることなんて一切なかった。
だけど……敬里だけ……、アイツだけ、敬里としてではなく、沖田総司としてこの世界に生息してる。
「また天気崩れそうだぞ。
それに、少し花桜の傍に居てやってくれよ。
今、山崎さんが息を引き取ったってさ。
そんなアイツの傍に、沖田のオレが寄り添ってるわけにはいかねぇだろ。
それにこっちも、ちょっと気になることがあるからなー」
そう言って、アイツは腕の方を撫でるように優しく触れる。
「ちょっと、敬里」
かばってる様に感じられた腕を乱暴につかんだ途端に少し顔を歪めるアイツの腕には、
包帯が巻かれていた。
「って、アンタ怪我してる。
なんで怪我してるのよ」
「大声出すなって。
何でもないんだから。
って、なんでバレルかなー。
花桜にも他の奴等にも言うなよ」
そう言って、アイツは私の隣で持たれるように立って、景色を眺めていた。
敬里が怪我してることも、もう船に乗って何日か過ぎてるのに気が付かなかった。
「沖田さん、近藤さんと土方さんが呼んでいます」
そんなアイツ呼びに来た隊士。
「今、行きます」
アイツはすぐに沖田モードに変わって、隊士の方へと行こうとする。
「人気者は辛いね。
でも敬里、どうしてそんなふうに沖田さんに振舞えるの?」
私の中の疑問。
沖田さんと敬里は出逢ったことがないのに、
アイツの仕草や口調は沖田さんで……。
隊士たちも、敬里を沖田総司として認識してる。
私たちがこの幕末に来た時とは、明らかに違う形で、
この世界と接している敬里。
「あぁ、それな。
振舞ってるつもりはないよ。
意識しなくても、心の奥から導かれるんだ。
夢の記憶を辿るみたいにさ。
じゃ、行くよ。
舞、花桜の方頼むな」
そう言って敬里は、隊士が行った方へと姿を消した。
私は再び、その場所で大きく深呼吸して冷たい空気を取り込むと、
自分にカツをいれるように、頬を両手でパシっと叩いて気合をいれると船室の方へと移動した。
花桜は船室の傍で、小さく膝を抱えて座り込んでた。