戦のない世界。
なんでもないただ同じ日常が繰り返される日々が、
本当愛しい日々だったのだと強く感じる。
幕末で過ごした長かった時間。
だけど……戻って来た私は拍子抜けした。
どんな時間の魔法があったのか人々の記憶だけが、
意図的に何かによって書き加えられたのか。
両親の記憶の中から、私が消えた事実はなくなってた。
お祖父さまと、お祖母さまの中には、
鏡が映し出したあの記憶がしっかりと残ってる。
そして視線を向けた先の小箱。
その小箱の中には、
昔、私と瑠花と舞の三人で作ってそれぞれに大切に持っていた匂袋。
私が持ち歩いていた匂袋は、あの最期の日。
舞の元へと渡り、ここにあるのは舞がずっと身に着けていたお守りの匂袋。
この匂袋を見る度に、
舞のことをずっと思い出し続けることが出来たと感じるから。
「舞、行ってくるね。
山崎さんと出掛けてくるよ。
なんか入院してたらしい沖田さんも、今日、無事に退院できるみたいだしさ。
こんな日が現代で来るなんて思いもしなかった」
そう声をかけると、私は部屋の電気を消して玄関へとむかった。
「花桜、出掛けるんじゃな。
敬里の迎え、頼んだぞ。
この封筒の中にはお金が入ってる。入院費用の清算も頼んだぞ」
「はいっ。
行ってきます」
「あぁ。
気を付けていっておいで。
岩倉さんにお会いしたら、良くお礼を言っておいてくれ」
お祖父ちゃんに見送られて、私は山崎さんと二人、
沖田さんが過ごしている病院へと向かう。
バスや電車を乗り継いで、
山崎さんとこうやって歩いている不思議。
だけど今日は時折、強く山崎さんの視線を感じてしまう。
「どうかしましたか?」
「いやっ、どうってわけじゃないんだけど……。
堪忍な。
さっきから……ちょっと、頭の中が靄(もや)ってたのが、
薄れていくような……」
そう言いながら山崎さんは、
何かを考えるように黙り込んでしまった。
最寄り駅で降りて病院までの道程を歩いていく時、
ふいに……背後から『花桜ちゃん……』っと懐かしい呼び方で私の名を呼ぶ愛しい声。
「花桜ちゃんや、花桜ちゃん。
あっ……、わい……なんや、此処?」
急に戸惑いだす山崎さんが面白くて、懐かしくて。
思わずクスクスと笑ってしまう。
「酷いなぁ、花桜ちゃん。
わいっ、本気で戸惑ってるんやで」
「向こうに行ったとき、私もそうだったもの」
「あぁ、花桜ちゃんがわいの上に降ってきた日。
あれは、衝撃やったわ。
人が頭上から降って来るなんて経験、滅多に出来んからなー」
そう言って懐かしそうに笑う仕草に、
私は人の目も考えず抱き着いた。
「なんか……わいが知ってる花桜ちゃんより、
逞しいなってるか?」
なんて笑いながら。
「積もる話はゆっくりね。
ここは私と瑠花が住んでた世界。
山崎さんは、山波敬丞として今は生活してるの。
今から沖田さん、あっ今は山波敬里って名前なんだけど、
病院、えっと療養所に迎えに行ってるの。
そこには瑠花も待ってるから」
そうやって告げると、驚いたような顔をしながらも
状況を飲み込んでくれたみたいだった。
広い病院のエントランスから、
特別室へと続くエレベータを上り病室へと顔を出した。
「こんにちは。
退院準備出来た?」
なかなか、普段通りに話そうとしても、
私の中では今の敬里は沖田さんで、意識してしまうんだけど……。