「花桜さん」


私の名を呼ぶ大好きな人。


記憶はなくなってしまっても、
私の世界を共に作ってくれる。



山波敬丞(やまなみ としつぐ)。
お祖父ちゃんによってそう名付けられた大切な存在。

だけど私はちゃんと知ってる。
覚えてる。

目の前にいる敬丞さんは、
幕末の時代でずっと私を守ってくれた山崎丞だって。


「敬丞さん、いつも道場のお掃除有難うございます」
「花桜さんもお疲れさでしょう。
 先日、稽古で足首をひねられた様子ですが……もう宜しいのですか?」


ふと話しかけられた会話で脳内の中、懐かしい口調が再生される。




花桜ちゃん、またそんな怪我して……。
見してみぃ。

……はい、おしまい。
もう無茶したあかんでぇ。






ふいに木霊した思い出に、涙腺が緩んで涙が零れ落ちる。


「あっ……ごめんなさい。
 こんなはずじゃなかったのに……」

必死に涙を我慢しようとしても、
なかなか溢れ出すものは止まることを知らなくて。


山崎さんは、そんな私の顔をじっと見つめと
そっと手を伸ばす。



「えっ?」


伸ばした手の指先は私の瞼に触れて……。




「……綺麗……。

 でもただ綺麗じゃなくて、
 懐かしい……なる」



ふと呟く山崎さんの言葉。
記憶、戻りかけてる?


淡い期待が過る。



「山崎さん?
 花桜だよ。

 わかる?私、帰って来たんだよ。幕末から」



焦る気持ちからまくしたてるように話してしまったけど、
私の声が届いていたのか、届いていなかったのか、
山崎さんは何事もなかったかのように「すいません。こんなつもりじゃなかったのですが……」っと
私から体の距離をとった。


「……ごめんなさい。
 急に泣き出してしまった私が悪いから。

 今日は、瑠花と敬里と合流する予定なんだけど。
 敬丞さんはどうする?」

「喜んで同行させて頂きます」

「ならっ、出掛ける準備していこうか」



山崎さんにそう告げて私は自分の部屋へと直行して、
着替えを済ませる。