「こんな時でもじゃない。
 こんな時だからこそ、なんだよ。

 さっ、私も手伝えることやって訓練に後で顔を出すよ。
 敬里は?」

「俺は慣れてないから最初から訓練に顔出すかなー。
 やることもないしなー。

 ついでに、花桜の様子でも見てくるわ」

そう言って、敬里も私の前から何処かへ移動していった。

私はと言えば負傷兵の傷の手当を少し手伝った後、
炊事場へと顔を出した。

炊事場に広がるのは、味噌の香り。
ふと鍋の中に視線を向けると、沢山の『きのこ雑炊』が作られていた。

その隣の釜では炊き立ての玄米ご飯。

そして、その隣ではこの時代では珍しいけど、懐かしい形のものが作られていた。


「あの……、それは?」


焼きあがったばかりのぺったんこのものに視線を向けながら、
問いかける。


「あぁ、これビスケットっと言うものだ。
 非常に長く保存がきくのでな、今の戦時には重宝するであろう。

 金沢を訪ねた際に教えられたという人がいてな。
 今、ここで何とか形に出来ればと思考しているところだ」


目の前にあるのは、ビスケットと言われればビスケットなんだけど、
真っ黒に焦げて、ふっくらとしたサクっとするような食感はなさげな代物。


「これが……西洋の保存食かい?
 硬くて食べられたもんじゃないだろう」


そう言って、炊事場の人たちは出来上がったばかりの、真っ黒な物体に手を伸ばして
口に運びながら顔をしかめる。


「一つ、頂いていいですか?」


断りを経て手を伸ばし、一口、口の中に入れるものの、
そのビスケットは硬くて、歯が弱い人だったら食べることすらままならない代物で。


「これなら、昔ながらズイキ【さつまいもの弦を味噌汁で煮て干したもの】の方が
 うまいだろう」

なんて、そんな話へと派生していく。


視線の先には、小麦粉と思われるものが置かれている。

ビスケットの作り方なんて、正直わかんないけど、
何となく材料は分かる。


そう思って、小麦粉と砂糖と塩を混ぜて、水で溶いて練り上げていく。

その中に、胡麻をさらに追加して混ぜていくと、
釜土の日の中へと、小さく切り分けたものを乗せた鉄板を投入させる。


オーブンなんてないから、どれくらい焼いていいかもわからなくて
手探りばかりだけど、炭になるまで焼かなければ大丈夫なはず。

途中で何度か様子を見ながら30分ほど焼いた後、
私はそれを引き出した。

何となく、ビスケットっぽく見える物体。

手を伸ばして食べると、先ほどまでの硬くて歯も通らなかったものとは違って、
私が知るビスケットっぽいものにはなったけど、やっぱりまだ何処か違った。

炊事場でビスケット作りを頑張ってた人たちも、
次々と手を伸ばして味見をするが、先ほどまでの硬さがないと言うことは、
水分が多くて、保存食には向かないんじゃないか……などなど、
様々に意見が飛び交い、ビスケット開発はまだまだ続くようだった。


炊事場での手伝いもとりあえず一段落したのを見届けて、
私は訓練現場へと姿を出した。