土方さんが療養していた三か月の間も、
白河付近での戦は続いていた。

土方さんは療養中の間も戦況を把握すべく、
報告に出入りする人々と向き合っていた。


そんな報告を傍で身の回りのお世話しながら耳にする日々が続いた。





斎藤さんが、山口次郎の名で隊長として出陣し、
まずは赤津の宿陣、続いて三代の宿陣から始まった白河の戦い。

勢至堂峠から白河城に向かい一度は奪取した白河城も、
数週間後には新政府軍にまた奪われて敗退を余儀なくされる。

その背景には旧幕府軍から新政府軍へと寝返った藩の裏切り行為の影響もあったという。

黒川の地で応戦するものの、勢至堂峠に敗走。
その翌日には、三代へと転陣。


もう一度白河城奪還をはかるも失敗して上小屋村へと敗走。
再び、白河口へと進軍するものの、敗れて牧ノ内へと退却。

そんな頃、昔から仲間でもある島田魁さんが負傷して福良へと搬送されたという知らせまで入ってくる。

隊士たちの負傷の一報を受けると、
土方さんは悔しそうに握り拳を震わせている姿を目にする。