いつの間にか、肩からはらりと落ちてしまっていた山南さんの羽織を手にして、
舞は「ごちそうさま」って笑いながら、再び羽織を肩へとかけてくれた。



その後は、何時戦いになってもいいようにお互いの愛刀を手にしたまま、
炊事場へと向かう。


戦が近づこうが食事は必要。
炊事場では、やはり井上さんが中心にご飯の支度が整えられていた。


漬物とおむすび。
だけど、たったそれだけでも戦前の十分な御馳走だ。


「手伝います」
「あぁ、山波君、加賀君頼むよ」

私が声をかけると何時ものように穏やかな声で、
井上さんは私たちを炊事場へ迎え入れてくれた。

二人、お櫃からご飯を掴んではおむすびを握って並べていく。
お櫃がからになると「さて、二人とも皆のもとに運んできてくれるか」っと井上さんが告げる。

お盆にいっぱい乗せた、おむすびと漬物をもって戦準備を整えた隊士たちの元へと運んだ。


「おっ、腹が減っては戦は出来ぬ。ですね」

「井上さんが作ってくださってました。
 皆さま、どうぞ。戦前なので、食べ過ぎには気を付けてくださいね」


そう言うと瞬く間に、目の前のおむすびは減っていく。

そこから二つだけおむすびを掴み、お漬物と共にお皿に乗せて、
土方さんの元へと運んだ。


「土方さん、おむすびお持ちしました。
 隊士の皆さまに、全部食べられそうでしたよ」

障子越しに声をかけるものの、中からの返事はない。

気になって障子をそっと開いて覗きみると、
そこには戦支度を整えて静かに正座をしたまま精神統一をしている姿が視覚に入る。

それ以上、声がかけられなくて私はお盆を残したまま土方さんの元を後にした。


その日、恐れていた戦は始まった。
屯所である伏見奉行所の物見櫓に打ち込まれ始めた砲弾。


途端に屯所内は慌ただしくなる。
すると「来やがったかっ」っといつの間にか姿を見せた土方さんが呟いた。


「副長、押し出しましょうか?」


すぐさま、土方さんの傍に駆け寄った永倉さんが問いかける。


「新八、そう急ぐなって。
 今、押し出たところで鉄砲の餌食になるだけだ。
 暗くなるまで待つ」

「夜戦か?」

「あぁ、いいか。お前たち、よく聞いてくれ。
 夜になったら斬りこむ。

 それまでは鉄砲で応戦するほかはない。
 鉄砲隊、柵から撃って撃って撃ちまくれ」


土方さんの指示に、慌ただしく隊士たちは動き出した。


「山波、お前は近くにいろ。
 日が落ちたら、出るぞ」


銃声と砲声が鳴り響く中、
私たちは日が落ちるのを待ち焦がれていた。


「副長、御香宮に陣を構えていた長州兵が、
 奉行所裏門の竹林に身を潜めています」

 
監察方からの報告が順に、土方さんの元へと寄せられてくる。

そんな監察の人たちを視線で捉えながら、
私は丞の姿を探していた。


……丞、ちゃんと無事でいて……。