山崎さんは今、お祖父さまと共に就籍への道を歩き始めている。
10ヶ月近くかかる就籍までの道程。

記憶が戻っても戻らなくても、山崎さんがこの世界で生きていくためには就籍が必要なのだから。
その為には、今は記憶が戻らない方がスムーズに事が運ぶような気もする。


その日、週末には山崎さんの退院も決まり身寄りのない山崎さんも、花桜のお祖父さまが正式に後見人となることが認められた。
お祖父さまと病院で別れた私と総司は、今度は街の中を繰り出していく。


敬里が通っていた学校へと通学路の案内。
舞について何度かしか立ち入ったことのない場所へと私は踏み込む。



「ここが敬里と舞が通っていた学校。
 今は闘病中で学校は休んでるけど総司が行こうと望めば、ここに通学することも出来ると思う」

「僕の名の本来の持ち主は、こんなことがなかったら今もこの学校へ通っているのでしょうか」

「だと思う。敬里は男子剣道部の部員で全国大会にも出場してた」

「そうなんですか……。ならば、僕は僕の意思でこの学校へと通う方がいいのでしょうね。
 少しこの場所を散歩してもいいですか?」


そう言うと総司は、この場所を確かめるように一つ一つ確認しながら視察していく。



「おぉ、敬里。
 体は大丈夫なのか?」


話しかけてくる男子生徒たちに、総司は私の方に視線を向ける。
だけど私も敬里の交友関係までわかるわけじゃない。


どうしようと戸惑っていると、総司は少し目を閉じて深呼吸をしていた。


「皆藤【かいどう】心配かけたな」


えっ?かいどう?
総司?


「何時から復帰できるんだ?部長さん」


その言葉に私は驚きを隠せない。

部長?
敬里ってばそんなことになってたんだ。


「俺は今からでも大丈夫ですよ。
 なんだったら、少し手合わせしますか?」


えっ?俺?
総司が?


「今まで練習さぼってた病み上がりにオレが負けるわけないだろう。
 完全復活の後でいいさ。
 それより敬里、お隣さんは?」

「瑠花、俺の彼女だから。
 こっちは、皆藤実【かいどう みのり】。
 実って名前が女みたいだからって嫌がって、苗字で呼ばせるんだよ」


そう言いながら紹介してくれる総司。


「敬里、お前闘病中も女に介抱されてたのかよ。
 そんな奴には、ますます負けてらんないなー。

 早く復帰しろよ」


そう言って皆藤さんは私たちの前から姿を消した。



皆藤さんがいなくなった途端に総司は『はぁ~』っと溜息をついて、
近くのベンチへと座り込む。



「総司……」

「突然、沸き上がってきたんですよ。
 それでイチかバチか。

 後は俺って言う一人称と共に……。
 でも慣れない一人称は、ボロが出そうで緊張しますね。

 だけどこうやって、僕もこの時代を知っていくんですね」



学校の後は、私がいつも立ち寄る図書館を案内したり、私の自宅を案内したり。
いつか来てほしいと望んでいた、最初の瞬間を噛みしめるように私は総司の街の中を歩き続けた。


外の世界に触れた時、総司はあの頃以上に逞しくかっこよくなったように映った。