「瑠花、心配かけました。
 ですが僕にも少し時間が必要だったんです。

 近藤さんが亡くなった。
 それを鏡越しに見届けた後、僕はこのまま、この場所で生き続けていいのかと何度も何度も問いかけました。

 だけどある時を境に、僕自身が僕の時間を止めてしまっていたことに気がつきました。
 僕の時間も僕自身の思いで、動かす必要があったんですね。

 幕末の京での生活の中で、瑠花たちもそうやって自分の時間を動かしてきたのだと思い知りました。
 この世界の事。そしてこの体の本来の持ち主である、山波敬里のこと。

 瑠花が知る全てを教えてください。
 僕も新選組の沖田総司ではなく、この世界に生きる山波敬里としての時間を歩みだす必要があるのだと悟りました」


そう言って、総司は私に微笑んだ。


「そっ、あっ……」


そう言ってはみたものの、私のとって、敬里は敬里であって、総司じゃない。
総司のことを敬里と呼ぶには抵抗がある。


「僕の想いを告げたとしても、瑠花には抵抗がありますね。
 瑠花にとっては、僕と山波敬里は別の人物です。

 それは知っています。
 瑠花だけには、僕自身の名を覚えていてほしい。
 今まで通り、呼んで頂いて構いませんよ」

そう言って微笑む総司に、彼の名を呼びながら再び抱き着いた。



この世界に戻ってきて、お互いにこんな会話をすることなんてなかった。

最初の頃は、ただ総司の結核が完治して欲しくて総司を失いたくなくて病院に通い続けた。
退院してからは、今度は総司が消えてしまいそうで不安でたまらなかった。




だけどこうして、今……総司のぬくもりに抱かれる時間は、
私の今までの不安を打ち消してくれる。


「瑠花……」


私の名を紡いで、私の腰に手を回して引き寄せてくれる。
そのぬくもりが、愛おしくてたまらない。



「ご飯が出来ましたよ」


階下からお祖母さまの声が聞こえて、慌てて私たちはお互いの体を離した。
そしてお互いがクスクスと笑みを零していく。

そしてお互いに視線を合わせて合図を送りあうと、ゆっくりと階下へ歩をすすめた。



テーブルには、中華粥がしたくされていた。


「敬里、まずは白湯を口にしなさい」

お祖父さまに寄って促された総司は、ゆっくりと手を合わせて湯呑へと手を伸ばすと、
何度かにわけてお白湯を口に含んだ。


総司がお白湯を飲んでいる間に、お祖母さまに寄って土鍋からお茶碗に中華粥が取り分けられていく。


「どうぞ、たんとおあがり」

それぞれの着座した前に、お祖母さまがお茶碗を置いていくとゆっくりと促す。

お祖父さまがゆっくりと両手をあわして、『いただきます』と声を出したのを見届けて、
私もそれにならうように、背筋を伸ばして手を合わせ、『いただきます』と声を出した。

すると総司もそれに続ける。


「えぇえぇ。おかわりはまだありますよ」

そう言いながら、お祖母さまも静かに手を合わせて食事を始めた。


「美味しいですねー。
 胃に優しくて、いくらでも食べられそうです」

「ばーさんの粥は絶品じゃよ。
 花桜も風邪をひいたら、これしか食べんでな-」

「えぇ。そうでしたねー。
 花桜が熱を出したときも、良く作りましたねー」

「鶏出汁ベースに白菜と鶏肉が細かくきられて入っているのはわかったんですが、
 後は何が入ってるんですか?」


美味しく頂きながら、私も問いかける。


「小さく刻んだ生姜と、ザーサイも入っているのですよ。
 今日は白菜を使いましたが、小松菜を刻むときもありますね。
 後はゴマ油はかかせませんね」


お祖母さまの中華粥は大人気であっという間に食べ終わってしまって、
午後からは私たちは外の世界へと出掛けることになった。