「油小路の変と今は言うのでしたか?
 あの事件の後、瑠花は近藤さんが高台寺党の残党に肩を撃たれると僕に教えてくれました。

 その後から瑠花が紡ぐ言葉は、僕には非現実的で到底受け入れられるものではありませんでした。
 だがあの頃、僕の体力は衰弱していて、戦いに赴くことも出来なかった。

 それでも、瑠花の話を聞いて助けたいと思ったのは、近藤さんの身。
 山波や加賀の言葉も心には届いていたものの、僕には近藤さんしか見えていなかった。

 近藤さんと、僕自身の命。
 
 僕は道中、銃に撃たれて……そして、気が付いたらこの場所にいる。

 そしてあんなに思い通りにならなかった体も今は落ち着いて、
 こうして再び、愛刀に触れられる。

 あのまま、志半ばで潰えていたら、どうすることもなかった出来事が、
 今のこの軽い肉体があれば、何か出来ていたのではないか?

 そんなことばかり、瑠花が居ない時間に考えている僕がいるんだ。

 
 土方さんは流山で、近藤さんを大久保大和として出頭させる道を受け入れた。
 だけどその場所に、僕が居たら……」



絞り出すように紡ぎだす総司の言葉。


それはあの頃には決して考えることがなかった、後悔の苦悩?

苦悩って言うのも違う。

今の総司は当事者であって、当事者じゃないから……、
想像の中の、『IF(もし)』を感じているだけでしかない。



だけど……それは、今の現実ではどうにもすることが出来ないのも事実。


今の私は、総司のIFに寄り添えばいいの?
それとも……。



「ねぇ、総司。

 私は……総司を苦しめたくて私の世界に連れてきたわけじゃないけど、
 今、結局そうなってしまっているのなら、
 それは私も……近藤さんが肩を打たれたときの総司に似てるのかもしれない。

 総司は、近藤さんの身と自分の命しか見えてなかった。
 そして私は、総司を助けることしか見えてなかった。

 私の「IF」……IFって(もし)っていう意味なんだけどね。
 
 人が生きていく時間って、そんな『もし』が沢山あるの。

 大好きな人と一緒に居たくて『もし、総司と現代もでも一緒に居られたら……』って、
 これから起こるかもしれない未来を信じる、思い描く、自分の力にする『IFの形』。

 それを神様が聞き届けてくれたのか、私の願いは成就されて、総司は現代の私の居る時間に来てくれた。


 だけど……いま、総司が思っている『IF』は私が描いていた『IF』と形が違うの。

 総司の『IF』は後悔から来る『IF』。

 もしあの時、僕が近藤さんが撃たれるのを阻止出来ていたら、
 大好きな近藤さんは、こんなふうにならなかったかもしれないって言う強い後悔。

 やり直しが出来ない後悔。
 それを責め続ける、総司の『IF』は自分を追い詰め、苦しめるための『IF』。

 だけど……いまの総司が抱える『IF』は、私の『IFが成就しなければ』抱えることのなかった
 現実であるのも確かなの。


 だから……私は、総司の苦しみに……想いにしっかりと寄り添いたいとは思ってる。
 幕末で、総司に出逢えたことは後悔してない。

 そりゃ最初は凄く怖くて、私の理想と総司の現実に差がありすぎて……どうにもならなかった時もあったけど、
 だけど……夢見た総司よりも、今の総司の方が私にはかっこよく思えた。

 総司の優しさに触れて、愛おしくなって……、傍に居たいと思うようになった。
 傍にいるだけじゃなくて、今、総司の為に出来ることを探して、役に立ちたいって……。

 今、すぐには無理かもしれない。

 だけど……総司にも何時か、近藤さんや土方さんたち。あの時代を必死に生きた仲間たちが生きた先にある世界の現在【いま】を
 沢山感じて、過ごしてもらえたら嬉しいなーって思うの。

 それが今の私の『IF』の形だから。

 山崎さんと花桜、総司と私、舞と敬里。
 皆で楽しく過ごせたらいいなーって、それでね。

 天国にいるであろう、鴨ちゃんに、私は今、すっごく幸せだよーって報告するんだ」



そう言って紡ぎ続けれる私の言葉を総司はただ黙って聞きながら、
静かな時間が流れ続ける。



そんな沈黙を破ったのは、お茶菓子を手にして部屋を訪ねてくれたお祖母さまの姿。




「あらあらっ、深刻な顔をしてどうしたのかしら?

 少し一息ついて、お茶にしましょう?」


そう言って差し出されたのは私が買ってきた、みたらし団子と温かい緑茶。