「こんにちは」
バスを降りて早々に花桜の家に到着すると、
チャイムを鳴らして、声をかける。
「まぁまぁ、瑠花さん。
どうぞ、お入りになってくださいね」
すぐに、お祖母さまが迎え入れてくださる。
お辞儀をして家へと上がらせてもらうと、
お祖父さまも、道場の方から顔をのぞかせた。
「おぉ、瑠花さん。
お帰り、ばあさん、お茶を入れてくれるかい」
「はいっ、ただいま」
そんなお二人に帰り道に買ってきた、
「みたらし団子」をお土産として手渡す。
「まぁ、美味しそうなお団子ね」
「学校の近くのお気に入りの和菓子屋さんで買ったお団子なんです。
お二人にも召し上がっていただきたいのですが、総司もお団子が大好きなので……」
「えぇ。わかってますよ。
後で、お茶と一緒に持っていきますね。瑠花さん」
「有難うございます。
今日の総司の様子は?」
「あの子は、今日も鏡の前から動きませんよ。
私たちにとっては、あの鏡はご先祖様と孫と私たちを繋ぐ宝物です。
ただ時代を映すという役割を担う、その鏡が伝える映像は、
決して私たちが望む時間のものだけを移すわけではありません。
鏡越しに、ご先祖様が切腹に望まれる、その瞬間の顔まで映し出されてました。
それを隊士のはしくれとして、その場で見届けた花桜のことを思うと、胸が張り裂けそうでした。
それでも……私たちにとっては、その鏡は、刀と共に家宝です。
でも……あの子にとっては、これから鏡が映し出すかも知れない映像は、
どんな武器にも勝る凶器となりうるのでしょうね」
そう言って口にした、お祖母さまの言葉は、私の中にも深く突き刺さる。
「えっと、山崎さん……は?」
「彼に関しては現在、記憶喪失からの身元不明者として、
無戸籍者としての住民票を交付され、生活保護を受けて治療が受けられるように
手続きをしている。
彼の体の傷は順調に回復しているものの、名前や自分の生い立ちなどの一切の記憶は今も
戻っていないようだ」
「山崎さんはこの後、どうなるのですか?」
「このまま記憶が戻らない状況が続くと折を見て、家庭裁判所に、就籍許可申し立ての手続きを
仮名をつけてすることになるだろうね。
本来ならすぐにこの手続きが出来れば良かったのだが、記憶喪失と言う手前、順を追って手続を踏まなければならない。
誰も、幕末に生きた山崎丞だと言っても、信じるわけがないからな。
花桜の為にも、山崎君の為に今の現在で出来ることはしてやるつもりだ。
孫が愛した存在……。
彼が退院したら、彼もこの家で暫く生活させようと思っておる。
その辺りの話し合いも、必要になってくるがな……。
ただ今は、瑠花さんには敬里の心を支えてもらわねばならんな。
世話をかける」
お祖父さんはそう言って、私が知らなかった間に進んでいた、山崎さんの現状も教えてくれた。
改めて、花桜のお祖父さまの存在の大きさを感じずにはいられない。
そしてそれは何処となく、幕末に生きた山南さんの空気にも似て……何故か懐かしくなった。
お二人の前から離れると総司のいる、鏡の部屋へと向かう。
「ただいま。総司」
襖に手をかけてゆっくりと開くと、
暗闇の中で、鏡を一心に見つめ続ける総司の姿が視界に入る。
「もう、総司。電気くらいつけなさいよ。
視力が下がっちゃうんだから」
っと極力、明るい口調で話しかけながら、総司の隣へと腰をおろした。
鏡が映し出しているのは、川下りをする隊士たちの舟。
そしてその舟には、幕末に生きる敬里と舞たちが映し出されている。
「舞たちは無事?」
「加賀も、ぼくとして生きる彼も、斎藤君も無事に目的の場所へと向かっているよ。
ねぇ、瑠花。
僕があの場所に居たら……何か出来ることがあったと思うかい?」
突然、総司は小さく呟いた。
多分……あの場所と言うのは、近藤さんが捕まった流山のことかな?っと推測しながら、
総司にゆっくりと視線を向ける。