「もう手で拭ったら汚いじゃん。
 そういって、懐から手拭いを出してアイツに差し出した」

「お前ら……ずっと大変だったんだな。
 こんな生活、何年も何年も続けてたんだな」


しみじみと呟かれる。



そんな敬里の些細な言葉に、チクリと胸が痛む私が存在する。
敬里の存在の誕生事態に関与してる私の前世。



嘉賀舞の記憶が戻ってきている私自身は、
この歴史のやり直しの中で、どれだけの犠牲が出てしまっているのかを
きっちりと受け止めながら過ごさなくちゃいけない。

そんな風に思う。


「そんな顔すんなよっ。
 ほらっ、出発前なんだろ。

 お前さんが頼りにしてる斎藤さんの様子を見に行かなくていいのかよ」


そう言って敬里はわざと、別の話題へと意識をそらさしてくれた。



「言われなくてもわかってるよ。
 アンタも一緒に行くんだったら、とっとと出られる準備しときなさいよ。

 ただ負傷兵ばっかの移動だから、何かあったら、アンタにも率先して剣振るって貰わなきゃだから」

「あぁ、覚えとく。
 ただ今の俺は一般兵としての俺だから、気張らなくてすむよ」


そんな言い方をするアイツに、見送られるように私は部屋を後にする。


負傷兵が中心の移動。
薬も少し分けてもらって晒の予備も持たないと……。

自分の部屋へと戻って荷造りを済ませると、
町人に紛れそうな旅装束に身を包んで私は斎藤さんの元へと姿を見せた。


「失礼します。加賀です」

「あぁ。入れ」


言われるままに襖を開けて顔を出すと、
身支度を整えた後の斎藤さんが正座をして、自分の愛刀をただ静かに見つめていた。


「どうかされたんですか?」

「いやっ」


私の問いに斎藤さんは小さく言葉を紡いで、
何かを吹っ切るように、鞘へと剣をおさめた。


「会津へは何時、向かいますか?」

「そうだな。準備が出来次第」

「わかりました。
 どのようなルート、あっ、行き方で向かいますか?」

「ルート?
 加賀はやはり不可思議な言葉を使うな。 

 行き方でいいんだな。
 布佐より利根川を船で下り銚子から潮来。
 陸路にて水戸へ入り、平潟より会津が最善だろうか……」


布佐は確か千葉県我孫子市。
潮来は茨城県南東部の鹿行地域。
平方は北茨城市。

会津のある福島県にもっとも近い隣接する場所だったかな。