「どうする?勝手に入っちゃ駄目だよね」


文華には悪いけど、私は入りたくなかった。


「ちょっと入ってすぐに出ればいいんじゃない?」


有理華の楽観的な考えに対し、文華がすぐさま、


「嫌よ、だってここ、事件があったもの」


「事件!?」


二人の声が重なった。


「昔、この洋館に泊まった高校生が行方不明になってるの。短い時間で何も残さず」


ただ不気味なだけでなく、そんな過去があったんだ。
そんな話をされると入るのに躊躇する。


「昔の話でしょ。犯人がまだここに残るのは考えられないよ」


有理華はあり得ないという感じで顔の前で手を振る。


「人の手で行われたとは思えないような消え方なのよ。そう、神隠し、みたいな……」


冗談とは思えないような重い声色。頭上の空はいつのまにか灰色の雲が侵食してきていた。文華の目元に影が落ち、不気味な話の説得力が増しそうだった。


「ちょっと不思議なことを体験した方が執筆捗りそうじゃん」


有理華だけは乗り気で、そんな呑気なことを言う。いやいや、消えたら執筆もできないし……。


「でも、文章をどこにも保存していないの。あれを捨てれば一から書き直しよ。行くわ」


文華は口をきゅっと結び、覚悟を決めてそう言い切った。


「私も行くよ。数は多い方がいいよね!」


私は不安でたまらなくなったので、怖さは傍に置いて行くことに決めた。二人の状況がわからないまま待ち続けるなんて心臓がもたない。


「よし、それじゃ行こう!」


有理華は楽しそうに、拳を重い空に突き上げた。私と文華はぐっと息をのみ、洋館の門に足を進める。


有理華が所々錆びた黒い鉄の門を開ける。ギィ……と嫌な音を立て、洋館が私たちを迎え入れた。