あたしは先ほどまで泰知がいたほうをもう一度振り返る。
そこに、泰知の姿はもちろんない。
「そうだ、泰知はもういないんだった。」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「夕夏、行ける?」
楓が近づいてきてあたしの顔を覗き込んだ。
「うん、大丈夫だよ。」
走る前に楓を不安にさせたくない。
一か月前のけがが原因で今回走れなかった楓を、こんなところで引退させるわけにはいかない。
無理に笑顔を作ったあたしの感情を勘ぐった楓は何も言ってこなかった。
「もう、一年なんだね。」
顔を上げれば、楓は人で埋め尽くされた先に広がるコンクリートのコースを眺めていた。
「頑張んなきゃね、夕夏。」
振り返った楓の笑顔はきれいで、今日の空に似合って美しかった。
「そうだね。」
続きを話そうと、口を開いた瞬間に
「山仲高校~、最終区の方いますか~。」
係の人があたしたちの高校の名前を呼ぶ声が聞こえた。
楓と顔を見合わせてうなずいてから、
「ここです!すいません。」
近くの招集場まで走った。