「泰知は、陸上する理由のひとつだった。」
「それはそうだとは思うよ。だけど……」
「まだ、戻れないよ。」
膝に顔を埋める。
外から足音が近づいてきた。
足音が近くなると、それは玄関の前でとまり、ガチャ、と扉が開く音がした。
「ひい君?」
リビングの扉を開けた清夏は、お兄ちゃんの顔を見て目を輝かす。
「よお、清夏。」
「おかえり!ひい君!!」
清夏はお兄ちゃんの胸に飛び込んだ。
清夏の足が少しテーブルにぶつかり、ガタンと揺れる。
テーブルに置いたままのコーヒーが揺れた。
清夏はお兄ちゃんと年が離れているせいかブラコンで、歳の近いあたしよりもお兄ちゃんの事が普通に好きだ。
しかも、あたしの事は『夕夏』と呼び捨てなのに、お兄ちゃんは『弘樹(ひろき)』なのにひい君なんて呼んでいる。
それを羨ましいとは思うけれども、あたしもひい君と呼んでみようとは思うけど、恥ずかしくてできないまま、今に至っている。
「あ、ねえ清夏?」
「なに、夕夏。」
清夏は両腕をお兄ちゃんに巻き付けたままあたしを振り返る。
「塾は?」
「今日はないよ?」
「そうだったっけ……。」
「そう、今部活終わって帰ってきたところ。
」
「あ、そっか。」
冬至もそろそろで暗くなるのも早い。
部活をしていなくても帰る頃には外は暗くなってくるから時間感覚が狂う。


