泰知はこれから解説すると言っていた少し難易度の高い問題を難なく答えてしまった。
教室にいる誰もが、『こいつやべえ。』なんて囁いている。
あたしと、昇馬を除いて全員が。
「お前、そんなに寝ていて英語が出来るなぁ。」
「そりゃ、走ることの次に得意なんで。こいつと違って。」
泰知は先生を見上げたまま左腕を後ろに伸ばす。
その手の伸ばされた人差し指は明らかにあたしを向いていた。
「ちょっと!!」
ガタンッ!!!
立った勢いで椅子が倒れた。
「黒川?」
アレックス先生が困ったようにあたしを見た。
「いえ、なんでもありません。」
あたしは倒れた椅子を元に戻して席に着く。
顔をあげれば、最初に昇馬と目が合った。
授業の時にだけかけるメガネの奥の色素の薄い瞳は楽しそうに揺れていた。
次に、視線を移すと泰知と目が合った。
泰知は机に頬杖をつき、こちらをニヤニヤと見ていた。
『ばか。』
こ口の動きでどうにか伝えると、泰知は舌をちょこっと出してから前を向き直った。
と、思いきや再び机に突っ伏した。
どんだけ寝れば気が済むのよ。
でも、席が遠くて反論できない。
先生がカツカツと黒板に字を刻み始めたのに気づき、慌ててシャーペンを手に取る。
カチカチと芯を出してノートにAを書こうとした瞬間にポキッと芯は折れてしまった。
誰かの心に似ている。
そんな気がする折れ方だった。
勢いのつかなかった折れた芯は、ノートの上をいったり来たりしているうちにいつの間にかその動きを止めた。
ずっと見ている暇もなく、もう一度カチカチとシャー芯を出して再び字を書き始めた。
授業が終わるまでのそれから、泰知は一度も顔をあがなかった。


