「今治療に専念して、来年ちゃんと走れるって保証はない。だから、走れるうちに走って結果残していつ去ってもいいようにしたいって言ったんだ。」
靭帯損傷は、陸上をする者にとっては大きな致命傷だ。
それをきっかけに陸上を辞めるやつだって大勢いる。
中学で同じ陸上部だったやつも、それが原因で高校では足に陸上ほど負担がかからない弓道部に入ったと聞いた。
泰知も、きっと自分がそうなると思っていたのかもしれない。
でも、泰知ほど速くて強い選手であれば少しの怪我ならすぐに復帰し、また結果を残せるようになるかもしれない。
だけど、なぜか、泰知は県駅伝出場を辞めることをしなかった。
「俺、どうしてそんなに今にこだわるのか聞いたんだ。そしたらあいつ、なんて答えたと思う?」
「……わかんない。何で?」
「お前がいるからだよ。」
「あたし?」
夕夏は驚いたように目を見開く。
「ああ、お前。例え全国で活躍したって、どんなにいい成績を納めたって、夕夏に負けてしまったら意味がない。夕夏が俺を目指して走ってるのに、俺より速くなったらもう目指すものがあいつにはなくなる。
なら、越されないうちにどんどん記録作って、俺の姿を永遠にあいつの前に作っておけば、あいつは陸上をやめれないだろ?って。」
一口に言うと、夕夏は俯いた。
「夕夏?」
気になって下から覗き込むと、夕夏の目には涙が溜まっていた。
「バカみたい。どんだけあたしの事ばっか考えてんのよ……。」
「そんだけ、泰知はお前から陸上を取りたくなかったんだよ。だって、泰知より速くなったら夕夏に走る意味は無くなるんだろ?ましてや、自分のせいで夕夏が走ることを辞めたとしたら、泰知は苦しいだろ?」
夕夏の肩を抱き寄せる。
「泰知は、そんなにあたしから陸上を取りたくなかったの?」
「そうだよ。夕夏が走って輝いている姿を、泰知はずっとずっと、たぶん死ぬまで見ていたかったんだ。だから、夕夏は陸上部に戻らないといけない。走っている夕夏の姿こそ、泰知が何よりも望むものなんだ。」