予選や準決勝のような、ペースを見るレースは誰もしない。
序盤から誰もが攻めて攻めて攻めまくり、オープンレーンから陣取りするのは今まで以上に苦労しながら、三番目に位置取りをする。
真後ろに、光里の気配を感じた。
きっと付いてくる。
それは、わかっていた。
しかしまだ、集団を崩すことは出来ない。
1500mなら、序盤から少し揺さぶりを掛けても悪くは無い。
だけど、800mなのだ。
たったのそれだけ。
少しの賭けが命取りとなる。
簡単に前に出れない。
そのまま、400mを通過する。
「400mの通過は手元の時計で60秒、60秒でした。」
悪くは無い。
放送が聞けてるし、足も腕も心臓もまだ余裕を持っている。
ここから抜けるか、まだ集団にいるか。
答えは一つしか、もちろんなかった。
ちょっとだけストライドの幅を広げ、一気に前へ出る。
後ろにピタリと光里に付かれたことは彼女の呼吸音で察知できる。
きっと、この日のためだけに彼女は全てをかけた。
たとえもう二度と走れなかったとしても。
ならあたしは、彼女に同情することは決してない。


