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「夕夏も、暇なら陸上クラブ入れよ。」
運動会も終わった小学四年の六月上旬。
クラスメイトがそれぞれの昼休みを楽しむ中、あたしも同じように好きな本を読んでいた。
目の前に影が差したから顔を上げてみると、なんとも悔しそうで腹立たしそうな表情に顔を歪ませる泰知が、昇馬を横に従えて立っていた。
「夕夏も、暇なら陸上クラブ入れよ。」
あたしの席の前で仁王立ちして腕を組んでいる泰知の表情はどことなくおかしくて、あたしは笑いたくなった。
泰知が、こんな形相をするのも無理はない。
二週間前の運動会の徒競走。
男女混じって走るという女子にとっては到底不利なレースで、あたしは泰知と同じ組、ましてや隣のレーンになってしまった。
泰知は家も隣同士で保育園の頃から仲がいい。
そんな泰知は、小学校に上がると同時に地元の陸上クラブに所属していた。
泰知はもともと足が速いけど、陸上クラブに入ったことでますます速くなった。
みんなが一目置くくらいには、速かった。
だけど運動会の徒競走で、あたしは泰知に勝ってしまった。


