そうだ、楽しいんだよ。
駅伝って。
走るって。
泰知が教えてくれた。
楽しいってこと。
せりかの呼吸音まで聞こえるようになってきた。
せりかはすでに紺色の襷を左手にぐるぐると巻き付けている。
あたしは少しづつ助走を始めた。
隣にせりかが並んだタイミングであたしは自分のペースに足の運びを合わせた。
「頼みます。」
必死こいて伸ばしてきた襷を右手で受け取る。
「三年なめんなって。」
口角が上がるくらいに自分に余裕があることが面白くて、ここでおなかを抱えて笑ってしまいそうだ。
今日がきっと自分にとって最高の日になるように、
そう願いながら襷を肩にかけ、余った分をユニフォームのパンツの中にしまう。
いつの間にか隣にあったはずのせりかの呼吸音は聞こえなくなっていた。
あたしが目指すのは、まだ見えないところにあるゴールテープ。
あたしのあしはどんどんスピードに乗る。
弾む呼吸が心地よい。
いける。
そんな気がする。
『前に誰もいないときには目指すものがなくて苦しい。なら、目指すものを作ればいい。お前のライバルの姿を、目の前に生み出してみろ。』
泰知の言葉が頭の中で次々に浮かんでくる。
まだ長い道のり。
本当にきつくなってきたら、あいつの姿を目の前に思い出そう。
でもまだ少しくらいこのレースを楽しむ余裕が、あたしにはあるみたいだ。


