一瞬時間がとまったような気がした。
すぐに言葉が出てこない。

何言ってんだこいつ?

「な、何……」

ぼくの言葉を最後まで待たず、
ミカがまた走りだした。

「おい、ミカ」

とっさに呼ぶぼくの声を無視して、
ミカがマンションに消えていく。

何だって?

ミカが残した一言が、何度も頭をこだまする。

真っ暗で音のない、
くらい空を走るハレー彗星のように、
止まった世界の中で、
言葉だけがやけにはっきりと浮かびあがって、
何度も行き来する。

(私、もうじき死ぬの)

悪い冗談だ。

それも、今まで聞いた中で最悪の。

でも、ぼくの頭に焼き付いて離れないあの表情は、
暗にそれを否定している。

あたりの景色が、
急によそよそしく、今まで以上に寒々として見える。

まるで見知らぬ他人を見るような目で、
ぼくをとりかこんでいる。

しばらく呆然として、
ぼくはまたよろよろと歩きだした。

ミカが消えたマンションへ。

そして、その朝ぼくは、
真っ黒焦げの目玉焼きを食べるはめになった。