「なんやねんな...もしもし?なんか顔赤なるほど怒ってるけど?」

スピーカーにしてあたしにも聞こえるようにテーブルの上に置いた。

《あぁ、ちょっと脅した》
「はぁ?...あぁ、アレか」
《は?》
「髪あげてるから丸見えや」
《あぁ、気付いてないか。寝てたし》
「アレって何~?」

涼介と高成の会話の中で意味不明な“アレ”というもの。
寝てたとか何かされたんやろうか、全然身に覚えがない。

「ここ。鏡で見てみ」
《あ、お前言うなよ》
「首?」

涼介が項よりも少し下、肩よりも少し上を人差し指でトントンと指す。
自分じゃ全然見れんから洗面所の三面鏡を広げて見る。

「てか、さらけ出したまま外歩かせるんか?」
《別になんら悪いことないだろ》
「…あぁそう」

高成たちの会話を聞きながら見える位置に鏡を合わせると・・・

「嫌ぁぁぁ!!」

くっきりはっきりと付いたキスマーク。
自分では全然見えんところやから涼介に言われてなかったら、このまま買い出しに行くところやった。
恥ずかしいし、恥ずかしいし、恥ずかしすぎる。

「むっちゃ叫んでるけど?」
《ぶはっ!あ、京が呼んでるから行くわ》
「おぉ。ほな」

それを隠すように髪をサイドに結い直して、「高成は!?」と文句を言おうと思ったのに「今電話切れたけど」と言われて完全に逃げられた。

「最っっっ悪!!」
「俺に言うなよ。見せびらかしてたお前が悪い」
「見せびらかしてないし!今初めて知ったし!!」
「ママ~?あ、パパ!・・・じゃない」

大声出してたからか、目を擦りながら起きてきた千秋。
いつも高成が座ってる位置にいたからか、一瞬見間違えたけど見開いて見た姿が高成じゃなくて残念そうに下を向いた。

「パパじゃないねぇ…おはよう、千秋。いっぱい寝れた?」
「ねた!パパは?」
「パパお仕事。夕方には帰ってくるよ」
「ほんと!?じゃあそれまでりょーくんとあそぶ!!」

千秋が起きてきたからテーブルに移動してきた涼介に飛びついて抱き上げてもらうと嬉しそうな顔をした。
いつもそんな顔してるんか、と微笑ましい気持ちもあれば高成にも是非見せてあげてほしいな〜と思ってしまう。

「その前に朝ご飯ね」
「はーい。ママ、ぎゅうにゅうのむ!」

手を挙げていつもの牛乳コール。
千秋の牛乳嫌いを克服させるために以前みんなで集まったとき、京平と中塚夫妻を並べて「牛乳飲めなきゃデカくカッコよくなれないぞ」と高身長スタイルバツグン組を指差し言われてかなりの説得力があったのか、ホットミルクから飲むようになり、今では毎日飲むようになった。

「あったかいの?」
「あったかいの~!」
「涼介も一緒フレンチトースト食べるやんね?」
「食う」
「くうぅ~!」

涼介のマネして横からちょっかい出してくれるのが嬉しいのかキャーキャー言って笑う。

「先に牛乳あっためるから出来たら、」
「冷まして飲ますんやろ?」
「そう。よろしく」
「よろしく~!」

涼介の真似をするのを嫌がる高成を知ってるだけに楽しそうにする千秋を見るのは少し複雑やけど、2人の仲良い姿を見てるだけで、というか、千秋の楽しそうな顔を見るだけで幸せになるんやからしょうがない。

「俺ってナリより近いポジションにおるくない?」
「えぇ?!涼介が旦那とか・・無理ぃ~」
「無理言うな!ま、無理で結構。ナリで遊べるうちはな。お、千秋ホットミルク出来たぞ」

キッチンからありえんという顔を全力でしてると電子レンジの音がして、涼介が取り出して千秋の前に差し出してくれる。
いつものことやから慣れた動作。
見てなくても安心して任せてられる。

「またそんなこと言う。千秋熱いから、フーフーして」
「…あっ!・・・ちぃ」
「今、涼が熱いて言うたやろ。火傷してへんか?」
「ん~~~」
「これ冷ましといたるから先これ食え」
「うん」

いつものように注意も聞かずコップに口を付けた千秋からコップを受け取り、注意して心配もして気を逸らせるまで完璧にこなす。

きっと高成なら慌てるか、どうすればいいのかわからなくてあたしを呼ぶか、大丈夫だろって言って心配すらしない気がする。
働く父親そのものの反応をするんやろう、ほんまにどっちが父親なんか、わからん。

一緒におる時間が長いのは間違いなく涼介やけど。
それにしてもこの面倒見の良さ。

「涼介、絶対いいパパになると思うけどなぁ。はい、フレンチトースト」
「ありがとう。で、なにが?」
「結婚、したら絶対いいパパになるのに」
「そりゃどーも」

興味ないわ、と言うように素っ気なく返事して、思いっきりほうばって食べる。
見た目と中身は出会った頃と変わらず少年のまま。

「千秋が女の子やったら涼介に預けんこともなかったけどなぁ」

ふと、千秋を見て思ったことをするりと言ってしまう。

「俺はロリコンにちゃうぞ。つか、その前にナリに殺されるわ」
「それはありえる。じゃあ独身でおるつもり?」
「...俺はお前らの娘としか結婚したあかんのか」
「そういう意味じゃないけど」

そう意味にもとれるのか。
呆れ顔の涼介に首を傾げる素振りを見せると完全にスルーされた。

どうせいつものように適当に流される。
自分の分も作ろうと準備をしてると、「結婚したいと思う奴が出てきたらするやろ」と小さい声で言った。

「現れへんかったら?」
「結婚せん」

今日は真剣に答えるんか、と思ったら結局ゴールはいつものところ。
この返事を聞いて早数年。
すでに聞き飽きた。

うちに入り浸ってる間はきっと特定の女の子はおらんねやろう。
大切な友達の生涯のパートナーやもん、気長に一緒に待とうじゃないか。





「いい子が現れたらええね」
「せやな」
「せやな!」






END.