「ねぇ…」
「んー?」
「いつも思うけど後ろの二人の方がバカップルじゃない?」

彼もルームミラーで確認しながら「そうだな」と笑う。

「疲れたのはわかるけど、もたれあって寝るなんて見せつけてくれるわよね」

肩に頭を乗せて、さらにその上に頭を乗せて安心しきった顔しちゃって。
可愛いし、羨ましいうえにお似合いっていうのが悔しい。
数年前から何も変わらないと思っていたけど、ちゃんと恋人らしくなってる。
運転席と助手席のあたし達に見せつけてるのが腹立つってくらいで親友としてかなり嬉しい光景ではある。

「なんか…いいよねぇ」
「なにが?」
「なんか自然じゃない。恋人らしくしなくたって恋人に見えるって、なかなか出来ないし」
「俺らも見えるだろー?」
「そーだけど」

なんか…そういうことじゃなくて、あたし達が恋人じゃなかったら二人みたいな関係ではいられない。
今はもうそんなことないけど、ここに至るまでかなり時間がかかった。

「言ってることはなんとなくわかる。でも二人も色々あったからなー。なんとも言えんけど」

彼はそう言うけど、それはあたしだって知ってる。
ここに至るまで結構色々あった。でもブレなかったから今の二人があるのは傍で見守っていたあたし達が一番よく知ってる。
それでもなんだか負けてる気がする。

「二人の仲良くいられる理由があんだと」
「…それどっちから聞いたの?」
「意外だろうけど、彼女側から」

にひひと勝ち誇った顔をする彼の肩をパンチする。
何かひとつでもあたしより情報を多く持ってると自慢したがる。
あたしも同じことをよくするけど、互いに好きな友達だから勝負みたいになっちゃう。

「なんなのよ。教えなさいよ」
「えー?かなりレアな情報だからなー」
「教えてよ!自分だけズルい!!」
「ズルいよな。俺も聞いた時は衝撃がやば過ぎて若干ひいたもんな、いい意味で」
「なんなのよー!!」

服をぐわんぐわん引っ張って口を割らそうとしても「危ない、危ない」と笑うだけ。

「危ないよ」
「教えてよ!」
「あんま大きい声出したら二人が起きちゃうよ」

腹立つけど事故られても困るから大人しく座る。

「秘密はナシって言ったしね。二人が仲良くいられる理由は“ハグ”らしいよ」
「ハグぅぅぅ?!」

思わず大きくなる声を自分の手で抑えた。
いや、わかるけど…この二人がハグ?

「ハグって、つまり抱き合うんでしょ?え、そんなにハグしてんの?」
「さすがに頻度までは知らないけど、何かあったらハグするって聞いたけど」
「嘘でしょ…」

確かに衝撃的すぎて唖然とする。
まさか、この二人がそんなスキンシップをとってたなんて予想外にも程がある。

「俺もびっくりしたけど、ハグってストレス解消とか愛情を深めるのにいいらしい。こないだネットで見た」
「それだけが理由じゃないでしょ?」
「まぁ、あいつが触りたいだけかもしれんけどな」

あははと笑ってると「んなわけないだろ」と後ろから低い声が聞こえた。

「なんだ、起きてたの?」
「寝てた。うるさくて起きた」

はぁぁぁと盛大に溜息を吐かれ、そして愛おしそうに、自分の肩にもたれて眠る彼女の顔を眺める。

「ねぇ、そんなにハグしてんの?」
「してない」
「でも」
「しててもお前には言わん」

また溜息を吐かれてぶっつり切られる。
本当、昔からあたしに対する扱いがひどい。
それを見て隣は笑ってるし。

「笑わないで」
「いや、笑うでしょ。すでにハグしてんじゃん」

ルームミラー越しで見ながら笑う彼の言葉にちゃんと後ろを見てみると確かに回した腕と頭を撫でる手。鬱陶しいくらいの密着度。

「いつもそんなことしてんの?」
「してるね」
「どうしてあんたが知ってんの」
「気付いてないの?見慣れたの?」
「見慣れた…?」
「一緒にいる時でも結構近いけどなー。見慣れたんじゃない?」
「嘘!!」

この二人に見慣れる事なんてあるの?!と自分を疑う。
確かに今まで何度も四人で遊んで来たけど、そんな風に見たことがなかった。

「ねぇ、まさかハグもあるんじゃないでしょうね…?」
「あるよ」
「あるの?!」

見逃してる自分が腹立たしい。
それにしてもこの二人がハグしまくってるなんて想像出来ない。

「なに、二人ともハグが好きなの?」
「俺は大好きー」

隣から伸びてきた手を止めると「拒否られたー」と笑う。
あたしだって隣のチャラ男みたいな彼とハグはするけど頻繁にはしない。

ただハグするって事より頻度が知りたい。
だってそれで二人の仲みたくなれるなら教えてほしい。
これはあたしの素直な気持ち。

別に仲良くないわけじゃないし現状維持出来ればそれでいいけど、二人の関係が羨ましく見えるのはきっと何かが足りないからだと思う。
それがハグなのかはわからないけど。

「別にハグしたからって関係が変わるわけじゃないぞ」

後ろから見透かされたような答えが返ってくる。
そんなこと今言わなくていいじゃない!と思いながら「え?!なに、俺らうまくいってない?!」と焦る隣を無視した。

「でも癒される。するかしないかならするべきだと思う」

悟ったような口ぶりがまた腹立つ。
ハグが大切なのはわかった。
この二人がハグ好きなのもわかった。
そして思った以上に想い合ってるのもわかった。

その後、起きた彼女が昔の寝起きの悪さなんてどこへ消えたのかあっさりと起き、あたし達の存在を忘れたかのように彼と見つめ合い、このままキスでもするのかという勢いで甘い空気を作り出してた。
あたしが止めるまで続いて止めても恥ずかしがることなく車から降り、手を繋いで仲良く帰って行った。

「さすが未来の夫婦だけあるな」
「まだ決まってないわよ」
「昔と天と地くらい違うしな」
「それもハグのおかげなのかしらね」

二人を見届けて家に戻る。
荷物を家に入れると背後から大好きな温もりと匂いに包まれる。

「俺らだってハグするだろー?」
「うん」
「何が不安なの」
「不安じゃない。羨ましいの」
「あー、それはわかるわー」

なるほどね、とあたしを半回転させて向かい合わせに抱き合う。
“癒される”意味はわかる。
でもあたしが羨ましがったってこうして抱き合えばどうでもよくなる。
不思議な魔法みたいなものだと思う。

きっとこの瞬間は二人がしてる事と何も変わらない。
全く同じこと。だから羨ましいくらいの信頼が見える。

「あたし達もあんな二人になりたい」
「なってるだろ」

えー?と言うと重なる唇。重なる温もり。本当ハグは効果抜群。

「これからハグしてこーね」
「俺、悶々しちゃうわー」

「…雰囲気ぶち壊し」

この人に理想を求めるのは間違えてる。
もう離せない彼の腕の中でこれがあたし達らしくていいかと目を閉じた。



END