謙吾はあたしを数秒見つめて溜息を吐き、ちょっとそわそわしながら咳払いをして言いづらそうに口を開いた。

「最初に言うとく。これは最初から今日言うつもりやったし、決してあいつに言われたから決めたわけじゃないからな?」

珍しくそう前置きしてから、あたしの左手をとった。

「今日で何年目?」
「8年目?」
「自信持って言えよ。で、俺らは今年何歳?」
「25」
「俺も安定してきたし不便はかけるやろうけど、もうこの状況はさすがにキツイ」
「…うん?」
「・・・」
「ちょっとぉ…」

ここまで来て黙るとか気持ち悪すぎる。
あたしがぎゅっと手を握り返すと開き直ったように、真剣な瞳があたしを見つめた。

「結婚しよう。俺がお前と離れてるのがキツイ。だから俺んとこに来て」

そう言うた謙吾はあたしから一切視線を逸らさんくて、まさかの言葉に放心するしかないあたしは手を離さんことしかできんかった。

「…嘘や」

現実じゃないんやろうと思ってそう言うてみたけど「嘘でこんなこと言うか!」と謙吾に言われてちょっとずつ現実味を帯びてくる。

「嘘じゃない?」
「うん」
「本気で?」
「うん」
「あたしでええの?」
「お前がいいの」
「…プロポーズがなんでここなんよぉぉぉ!」

そこかよ、とツッコむ謙吾があまりに当たり前のことのように冷静やからちょっと感動のあまりに出てきた涙を流していいんかどうか悩んだけど勝手に出てくるもんは止めれんくて大丈夫か?!って自分で思うくらい泣いた。

あたしがあまりに長い間泣くから向かいから隣に移動してきた謙吾の胸の中でまた泣いた。

全く謙吾らしい。
この店でプロポーズするとか雰囲気の欠片もない。
でも謙吾らしくて、あたし達らしい。

さっきから慣れとか余裕とか言うてたんはここに繋がるんか!って泣きながら冷静に考えてた。

「謙吾、どうや?」
「あ、マスター。この様です」

急に入ってきたマスターと謙吾のやりとりに“はぁ?”という顔すると「これ、俺からの祝いな。おめでとう」と特別メニューを置いていった。

「…マスター知ってたん?」
「うん」
「は?」
「ん?」
「だから、ここなん?」
「そう。時間見てた?まだ開店時間前やし」

そう言われて腕時計を見ると、もうすぐ19時。
ここは19時オープンやからお客さんが入ってくることはない。

「もぉぉぉぉ!!」

あたしの声は当然店内に聞こえてるわけで、個室の外からマスターの笑い声が聞こえる。
行きつけで仲良しのマスターやっていうても恥ずかしいことこの上ない。

「ま、そういうこと。返事は?」
「わかってるくせに…」
「わかるか、アホ。ちゃんと言葉にしろ」

言葉にしろ、なんて言葉は謙吾に言われると屈辱を感じるけど、でも大切なことはちゃんと言葉にしてきたあたしら二人。
返事なんか言わんくても最初から決まってる。

「絶対別れてやらへんからな!」
「ははっ。なんの宣戦布告?」

そう言うて謙吾はあたしにキスをした。
目を開けると、今までで一番優しい表情であたしを見てた。
その表情を見て、あたしは同じように笑ってキスを返した。

それから今日の高成くんの涼を見る表情を思い出した。



「涼が幸せっていう意味がわかった」




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