歌番組の録りが終わったばかりの楽屋で、川原は困り果てていた。
 目の前にいる彼は、誰が見ても拗ねた顔をしている。
 録りが終わった後だから良いようなものの、収録前だったらどんなに大変だったことか。
 一度機嫌を損ねると、どんなにおだてても言うことを聞かないわがままな彼が、川原の担当しているアイドルタレントだ。
「ほら、咲楽。メイク落とさないと、肌が荒れるよ」
 川原が言うと、彼ー結城咲楽は唇を尖らせた。
「だって、修くん。俺、ちっとも聞いてないよ。なんで俺のマネージャーやめちゃうんだよ」
「仕方ないじゃない。俺だってやめたくないけどさ」
「だったらさ…」
「でもね、上からの命令じゃ逆らえないの。俺も今じゃ只のサラリーマンなわけよ」
 彼のことは昔から知っているけれど、こうやって拗ねた顔は少しも変わっていない。
 川原の中で、思い出の欠片が疼きだしそうになったが、なにぶん今は仕事中。気持ちを入れ替えながら、川原は微笑んだ。
「ほら、早く支度してよ。もうすぐ神宮寺さんが新しいマネージャー連れて来るんだから。俺に最後まで面倒かけんなよ」
 そう言われると、咲楽にはもう何も言えない。
 神宮寺の名を出されるだけで、逆らえないのだ。
 咲楽は渋々、メイクを落とし始めた。